北海道中央バスファンクラブ 制作・著作 KSK-PROJECT

中央バス廃線倶楽部

廃止された中央バス路線の思い出日記

札幌近郊篇 その3

★印:レア度

没落した千歳ドル箱線

北栄団地線(千歳ターミナル〜北栄小学校〜信濃町・工業団地)
昭和42年10月26日開設〜平成3年4月20日廃止
★★☆☆☆

《停車停留所》 千歳ターミナル 朝日町4丁目 市役所前 仲の橋通り 千代田町3丁目 錦町十字街 錦町4丁目 北栄小学校前 北栄官舎前 北栄町 北栄団地前 東9線 信濃2丁目 9線中通り 信濃町 信濃4丁目 東7線 東6線 工業団地 (昭和52年現在)

(コメント)
 早朝に数本しかなく末期は片道だけだった工業団地線(H14年廃止)の前身、いまの「桜木・空港線」「長都・空港線」のルーツにあたる路線。

 晩年は千歳高校経由しかなかったが、かつては北栄小学校経由というのがあり、60〜70年代は市内4繁華街[*1]のひとつだった“仲の橋通り”から、駅前通り〜国道36号〜北栄小学校を右折し東10線道路をヘンに迂回、北栄町で千歳高校経由と合流していた。これはS42年開設当時、まだ千歳高校前の急坂にバスの通れる道がなく、北栄小前を迂回していたナゴリではないだろうか....

 S44年千歳高校経由が開設され、S39年から始まった市営工場団地の造成で、終点も信濃町(現・信濃2丁目)から市道第2停車場を通って東7線まで、S46年さらに工業団地(のちの第2工業団地)まで延伸された。[*2]

 当時は1日30往復近くある千歳随一のドル箱路線だったが、国道36号以南の宅地開発で新路線の機運が高まり、S57年3月よりスタートした桜木線(千歳タ〜桜木小学校)にその座を奪われてから、いつしか早朝だけのマイナー路線へ変貌していった.....

 ★[*1] 4繁華街通りは友楽通り(現ニューサンロード)、新橋通り、仲の橋通り、新川(用水)通りの4通り。とくに友楽通りは交通量が激しく、住民から危険といわれていたほど。のちに札幌狸小路を模してアーケード化されたが(現在は撤去)、バブル崩壊以降は寂れまくっている。
 ★[*2] 当時の第2停車場線(現・中央大通)の東9線〜東11線間には道路がなく、S57年頃まで富岡団地線などは末広団地入口(現イオン千歳店前)から踏切を渡って鉄北通りを抜けていた。

なつかしの千歳市内線ダイヤ



半世紀前のバスターミナル

長都線(千歳ターミナル〜長都小学校〜島松駅前)
昭和25年5月6日免許〜平成12年4月1日廃止
★★★☆☆

《停車停留所》 千歳ターミナル 朝日町4丁目 市役所前 仲の橋通り 千代田町3丁目 千歳駅前 末広団地入口 富岡団地入口 富岡中央 東10線 富岡北 富岡団地 29号 28号 都2区 高島前 集乳所 公民館前 中長都 長都小学校前 東5線 東4線入口 東3線 東2線 基線 中恵庭 西4線 西5線 島松駅通 島松駅前 (昭和52年現在)

(コメント)
 わりと近年廃止された路線である.....その名もオサツ線。
 いまの富丘団地[*1]から道々島松・千歳線をJR島松駅まで向かい、S20年代はさらに西島松方向へ2.8㌔ほど入っていた模様だが、これもイマイチ定かではない。[*2]

 沿線はとくにナニもない見渡す限りの田園風景だったが、集乳所バス停付近に味わい深い建物がポツンと建っていた。中間の「中恵庭」は恵庭の旧市街で、昔は役場など公共機関が集積していたらしい。
 80年代に入って28号〜基線間にフリー乗降制が採用され、沿道には恵み野ニュータウンも出現し大発展を成し遂げたが、この路線はあいかわらず朝夕2回、ニュータウンの端っこをノ〜ンビリ折り返していた。

 始発の千歳ターミナルはS34年に建造された年代物のバスターミナル[*3]らしく、当時でもかなり年季が入っていた。
 待合室には売店があり、しばらくしてTVも登場し、発車待ちの乗客で随分にぎわっていたものだが、晩年は売店も撤去され、国道側の出入口も塞がれすっかり淋しくなっていたが、閉鎖された扉の階段と照明灯だけは最期まで残っていた。

 永らく市民を見守り続けてきたターミナルだが、近年は老朽化が進んでいたようで、H16年4月駅前に誕生した新ターミナルにその役目をゆずり、およそ半世紀におよぶ生涯を閉じた......

 ★[*1] 富丘団地はS40年造成、商店街・郵便局・診療所などを兼ね備えた市のモデル住宅団地。現在の「富丘団地」停留所は2代目だが、初代はいまの「富丘中央」が「富岡団地」で、表記も微妙に異なっていた。
 ★[*2] 西島松終点の正確な場所は諸説あるが、免許上では島松村606番地の国道(島松沢バス停付近)にあったもよう。
 ★[*3] 千歳ターミナルは本町2丁目(ホテル日航千歳向かい)にあった中央バス車庫跡地にS34年12月8日落成、10日開設。発着バースが横付けのプラットホーム式の木造モルタル2F建て(3F部分は吹き抜けのフェイク)だったが、H16年夏ごろ取り壊された。



大秘境・恵庭溪谷

盤尻線(恵庭駅前〜盤尻)
昭和32年5月1日開設〜昭和46年5月1日廃止
★★★★★

《停車停留所》 恵庭駅前 恵庭駅通 漁 茂漁 柏小学校前 牧場作業所前 浄水場前 漁川発電所 盤尻小学校前 王子発電所前 川端 盤尻

(コメント)
 恵庭から支笏湖まで抜ける道々恵庭岳公園線(旧 道々光竜鉱山線)はレジャースポットが点在するドライブコースとして人気だが、かつてはここにも路線バスが走っており、途中にあった「盤尻」(ばんじり)という集落まで運行していた。

 あたりには小学校や商店もあったそうだが、1965(S40)年に廃校になった盤尻小学校をはじめ、いまでは人家らしき建物はほとんど見当たらない―。沿線は古めかしい発電所や自衛隊演習場に囲まれたうっそうとした密林地帯と化している。

 盤尻より先は漁川(いざりがわ)に沿って恵庭溪谷に向かうカナリ険しい林道が支笏湖まで通じていたが(現在は車両通行止め)、かつてココにバスを通す計画もあったらしい。
 ところが、あまりの秘境のためか運輸局から認可が下りなかった。

 沿線には恵庭駅に通じる森林鉄道[*註]も1955(S30)年まで走っていたらしく、道々北側の樹海にはいまも鉄橋や廃線跡が残っているといわれる。

 ★[*註] 詳しくは廃線歩きのスペシャリスト、堀淳一先生の『北海道産業遺跡の旅〜栄華の残景』(北海道新聞社刊)を参照



支笏湖に散った…“コケ”路線

支笏湖・苔の洞門線(支笏湖ターミナル〜苔の洞門)
平成9年7月21日開設〜平成14年10月14日休止
★★☆☆☆

《停車停留所》 支笏湖ターミナル 滝の上 スキー場入口 モーラップ 苔の洞門 (平成9年7月現在)

(コメント)
 昔からキャンプ場のメッカである千歳の奥座敷...支笏湖!!
 S30年代から中央バスのモーラップ線(支笏湖畔〜モーラップ)が運行され、昭和末期までレジャーに勤しむヤング&キャンパーたちを7〜8月の夏休み期間だけ運んでいた。

 これはその路線を約10㌔先の苔の洞門(コケのどーもん)という観光地まで単に延長&復活させた路線である。

 苔の洞門はかつてシシャモナイというバス停で、樽前山の旧シシャモナイ登山口にあり、千歳からニセコ、洞爺湖畔に向かうバス、また支笏湖観光バス(現在は廃業)の美笛川口、オコタン行きもかつて夏場だけ停車していた。この路線だけ近くのマイカー駐車場の一角から出ており、夏場(6〜10月)だけの運行にしては、乗車率もわりとよかったように思う。

 しかし、H13年6月に発生した岩盤崩落で洞門内が立入禁止となり、バスは10年以上も休止状態のままとなっている......



ナゾの空港循環バス

空港内循環バス(NEWS前〜新千歳空港〜NEWS前)
平成4年12月15日申請〜平成10年4月1日廃止
★★★★☆

《停車停留所》 NEWS前 エアカーゴ前 新千歳空港国際線前 新千歳空港 NEWS前 (平成7年9月現在)

(コメント)
 時刻表には未掲載だったが、かつて新千歳空港で頻繁に見かけた循環バス。中央バスと北都交通の共同運行で、中央バスは通常の路線バス、北都交通は“元ランプバス”のような青と白の妙な車両で運行されていた。

 始発のNEWS(ニュース)はJR南千歳駅の西向いにあった旧千歳空港ターミナルビル内に平成7年3月オープンした三セクのショッピングモール。おもに衣料品や輸入雑貨店などが入っていたが、経営不振で3年あまりで閉鎖。現在施設は撤去され、跡地は殺風景な更地と化している―。[*1]

 もともと旧空港ターミナルビルの職員専用駐車場と新千歳空港を結ぶ特定路線[*2]として開設されたが、NEWSのオープンで終点名を変更したものの、あまりショッピング目当ての乗客は乗っていなかったもよう。大半が駐車場利用客であった...

 ★[*1] かつては南千歳駅(旧千歳空港駅)からNEWSの入っていた旧空港ビルまで長大な空中コンコースが通じ、空港への乗り換え通路として機能していた時代もあったが、現在は歩道橋に一部転用されている。またNEWS跡地は現在、千歳基地の航空祭シャトルバス臨時のりばに使用されている。
 ★[*2] 利用を新千歳空港施設従業員および航空機利用客に限る路線。札幌ドームシャトルバスや、かつての日航線(現空港連絡バス)、東キャンプクロフォード線(札幌駅前〜真駒内基地)なども利用客を限定した特定路線だった。


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