北海道中央バスファンクラブ 制作・著作 KSK-PROJECT

中央バス廃線倶楽部

廃止された中央バス路線の思い出日記

空知管内篇 その5

★印:レア度

ループしていた北村線

北村循環線(岩見沢ターミナル〜北村農協前〜岩見沢ターミナル)
昭和32年頃開業〜昭和63年4月10日廃止
★★★☆☆

《停車停留所》 岩見沢ターミナル 4条西2丁目 中央通 2条東3丁目 元町 北本町 稔町 みずほ公園 西川向 六分水 三谷農場 新稔町 村界 開拓入口 赤川 千間通入口 北村役場前 北村農協前 豊里 北都入口 北都 西北都 集会所前 神社前 北村中央 開基橋 旧浄水場 北村農協前〜(往路と同じ)〜岩見沢ターミナル (昭和55年12月現在)

(コメント)
 空知管内は古くから循環路線が多いが、なかでも岩見沢エリアは突出している。現在でも鉄北線、栄町線(旧新東町線)、桜木循環線をはじめ、廃止路線では岩見沢市内線(A・Bコース)や栗山町に移管された鳩山循環線など枚挙にイトマがない。

 現在、北村線は農協前折り返しだが、かつては北村旧市街を周回しており、昭和初期のような風情ある集落に乗り入れていた。

 バスは月形線の「北都入口」から分岐し、S40年代まで「森農場」「西森」「狐森」「金森商店前」「地蔵前」といった趣のある停留所も存在していたが、かつて学校や郵便局、村役場もこの旧市街地にあり、S36年ごろまでコチラが月形へ向かう本線だったもよう。岩見沢から旧市街経由で新篠津に至る「岩新線」というレア系統もあった。

 ただ、将来この地は北村遊水地[*註]の整備予定地となっており、旧市街のあった二区乙(現・北都)、二区甲(現・豊里)の一部、それに中央バス月形線の初代ルートでありワカサギ漁で有名だった雁里沼一帯は、石狩川の治水対策で洪水時には水没する運命にあるという....

 S30年代、北村バス停付近(窪田商店向い?)に中央バス営業所、S20年代には国鉄バスの派出所や車庫が旧市街にあったというウワサもあるが、残念ながら詳細不明である....

★[*註] 昭和56年8月、北村地区をはじめ江別、札幌などを襲った戦後最大規模の"56水害"と同程度の水流量を安全に流下させることを目標とした洪水調節を行う溜め池。


複雑怪奇なローカル線

円山線(栗山ターミナル〜継中通〜円山小学校)
昭和28年6月25日免許〜平成2年4月1日廃止
★★★★☆

《停車停留所》 栗山ターミナル 栗山役場入口 栗山役場 松栄団地 中里第3 栗山高校 中の里 共和 角田小学校 角田本通 泉徳園 弘清寺 一本木 会館前 地蔵前 渡船場 南学田 南学田小学校 継中通 御園入口 御園十字街 御園学校前 金比羅前 笹谷前 南角田 山田前 鈴木前 中央会館 東山口 円山小学校 (昭和55年5月現在)

(コメント)
 現在は栗山町営バス(栗山駅〜滝下)に移管されたこの路線。ことのほか複雑なルートで、この廃線跡を迷わず辿れたなら、かなりのツワモノであろう....

 とくに大きく南学田小学校[*註1]を迂回するこの継中通経由は登下校時の1往復しかなく、かなりレアもの。栗山中心部もこの路線だけ役場や町営住宅を抜ける裏ルートをとっていた。

 また今では信じられないが、南学田小学校や南角田、御園小学校(現パークゴルフ場)には夕鉄バス「御園循環線」も栗山・継立方面から乗り入れ、2社競合となっていた。[*註2]

 終点の「円山小学校」は円山文化センター辺りだが、グランドや遊具のあった校舎もなくなり道路も付け替えられたようで、往時の牧歌的な雰囲気は薄れている.....

 途中の角田地区はその昔、村役場[*註3]もあった栗山旧市街。かつて夕張鉄道の駅もあり、いまの「角田小学校」バス停はS53年まで「角田駅通」と名乗っていた。S52年の名作映画『幸福の黄色いハンカチ』の終盤、高倉健と武田鉄矢が夕張行きでモメた町としても一部マニアの間で有名である。

★[*註1] 校舎はいまの空知総合振興局(旧空知支庁)南部耕地出張所の場所にあった。
★[*註2] 夕鉄バスはS28年6月25日、栗山〜杵臼〜継立〜御園間の"一般乗合旅客自動車運送事業免許"を取得。その後も路線を拡張しつつS53年ごろまで運行していた。コースは継立駅前(現・継立)〜南学田4〜南学田小〜南学田2〜第一土功〜御園下〜御園小〜御園3線〜御園4線〜御園5線〜継立駅。(「ゆうてつ50年のあゆみ」より)
★[*註3] S52〜53年ごろまで現・農村環境改善センターの場所に旧役場庁舎が残っていた。


長大な川端街道線

川端線(岩見沢ターミナル〜三川駅通〜川端駅前)
昭和23年11月29日免許〜平成元年4月1日廃止
★★★★☆

《停車停留所》 岩見沢ターミナル 市民会館前 市立病院前 美園町 西高前 駒大通 美園車庫前 木工団地 金子 緑成園前 東15号 志文団地 志文市街 南7線 耕成会館 由良中央 由良 栗沢北通り 栗沢郵便局前 栗沢駅前 栗沢病院前 栗沢中学校前 夕陽ヶ台 加茂川橋 小西 栗丘 水門前 踏切下 桜ヶ丘 篠原病院 中央2丁目 栗山ターミナル 栗山役場入口 日赤病院前 観光センター 王子入口 栗山高校 中の里 共和 角田小学校 角田本通 泉徳園 弘清寺 記念通 トヨペット前 由仁開発 法務局 由仁駅前 由仁高校 体育館 下古山 下古山東 伏見通 若月通 古山駅前 5番通 9番通 12番通 15番通 三川神社前 三川駅通 由仁役場支所 中学校前 山桝 貴船神社前 東三川 東三川郵便局 渡船場 川端北部 会館前 診療所前 川端駅前  (昭和55年5月現在)

(コメント)
 現在は岩見沢〜由仁間で打ち切られているが、S49年まで川端駅前〜発電所公住前〜滝の下〜第2開拓までさらに路線があった。由仁〜三川間はS43年頃まで旧国道(室蘭本線西側)を走っており、本保前(伏見地区)、湊前(熊本地区)のバス停もあったもよう。

 古山駅前も駅の西側にあったが、ここにS30年国鉄バスが長沼の長勝寺前から眺観台の峠を越えて乗り入れ(S32年多良津まで延長)、バトルとなっていた....

 東三川には古くから友広商店があり、開設当初は「友広前」といっていたが、当時このあたり一帯はまだ石勝ロードもない超ド田舎。川端まで1日2本しかなかった。

 当時の川端終点は中央バスエリア東端にあたり、旧川端診療所(大行寺向い)裏手に中央バスの車庫もあったが、夕張方面から迫り来る夕張バス(夕鉄バス)に延伸を阻止されていた。


炭鉱のマチ*上美流渡

美流渡線(岩見沢ターミナル〜美流渡駅前〜緑町)
昭和39年8月8日免許〜平成8年4月1日廃止
★★★★☆

《停車停留所》 岩見沢ターミナル〜(上記川端線と同じ)〜木工団地 6線十字街 冷水 8線 志文元組 昭和 旧渡船場 観音前 高徳寺 上志文駅前 上志文小学校前 城宝前 宮村 季楽園 第2朝日橋 栗沢温泉 第1朝日橋 朝日病院前 朝日駅前 2の沢 1の沢 西町 勝泉寺 美流渡本町 美流渡駅前 美流渡消防署 美流渡中学校 桜町 東町 会館前 神社前 緑町 (昭和55年5月現在)

(コメント)
 S42年廃止の美流渡炭鉱鉄道専用線沿いに走っていた路線。専用線の起点「美流渡(ミルト)駅」は現・美流渡交通センターあたり。以前は沿線にレールや築堤も残っていたが、現在は岩見沢市が1日2往復ほど緑町(上美流渡)まで代替輸送しているもよう。


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