北海道中央バスファンクラブ 制作・著作 KSK-PROJECT
中央バス廃線倶楽部 |
廃止された中央バス路線の思い出日記
小樽運河のウラ街道[10]勝納工業団地線(小樽駅前〜小樽港マリーナ) (コメント) 当時はバブルの真っ只中、全国で流行りのウォーターフロント開発が小樽でも進められ、勝納(かつない)埠頭[*註1]の埋立地に突如出現した大型ヨットハーバー小樽港マリーナ[*註2]へ向かう『小樽マリン号』も平成2年から運行されるようになった。 マリン号の走らない早朝と夕方だけ、ルートを変えて運行していたのがこの路線。日中はまったく見かけないジミ〜な路線だった。 沿線は観光客も訪れないような埠頭への引込み線がまだ残る寂れた運河倉庫の並ぶウラ街道をひた走り、乗客といえば埠頭への通勤客やマリン号に乗り遅れた人が大半だったような.... 翌年、石原裕次郎記念館がオープンし、終点は『小樽港マリーナ・石原裕次郎記念館』という長ったらしい名前に変わったが、行先幕は最期まで「小樽港マリーナ」のままだった。 当初は裕次郎記念館のまん前にバス停があり、多くの観光客で賑わっていたモノだが、平成11年に開業した巨艦スーパーマイカル小樽(現ウイングベイ小樽)の出現で、観光客やバス路線が山手側にシフトしてしまい、最近は裕次郎もめっきり影を潜めてしまった.... 昨今の運河人気で、かつての沿線には運河倉庫を改造したオシャレなスポットが続々オープンしているが、バブル期に誕生した豪華なウォーターフロントより、レトロ感ただよう小樽運河の方に観光客が集まっているというのも皮肉なモンである.... ★[*註1] S59年夏開催された『'84小樽博』で注目されたマンモス埠頭。もともと国鉄のトランスポーターや貯木場だったところをS50年代に埋め立て、企業の工業団地をメインに、新日本海フェリーの発着場や米艦キティホークの停泊場などに活用されている。 |
瞬間風速で消えたバス[23]朝里循環バス(朝里ショッピングセンター〜朝里ショッピングセンター) (コメント) このバスはH19年4月、小樽の鉄工所跡地にオープンしたスーパー、ドラッグストア、牛丼チェーンなどの複合体(いわゆるショッピングモール)を起点とした有料お買い物シャトルバスのような形で、閑静な住宅街にいきなり出現した。 スーパー駐車場のド真ん中に仮設のりばが設けられ、オレンジの小型バス[*註]で狭隘な住宅道路を周回していたが、起終点が単なるスーパーであり、駅やターミナルにはいっさいアクセスせず、運行半ばに停留所を増やすなど"テコ入れ"も行われたが、沿線住民に浸透せぬまま8ヶ月の試験運行にピリオドを打った.... かつてはラッキーやローソン(旧ビブロス)付近が札幌からの玄関口として賑わい、昔は第一管区海上保安本部の送信所と社宅もあったため、送信所前(→元送信所→新光2丁目)というバス停があり、古くから本線の終点となっていた。 この路線と同時にスタートしたのが兄弟路線の「山手中通線」(24系統)であるが、こちらは意外に利用が堅調なようで、現在も同様のオレンジバスで運行を続けている。 しかし、相棒を失ったこの路線も小樽駅前のジミ〜な場所から発車する姿を見るたび、一抹の淋しさを憶えるのは私だけだろうか.... ★[*註] H12年春、札幌市内の『清田団地循環バス』向けに導入された小型ノンステップバス。車両型式は日野製KK-HR1JEEE。江別の「大麻循環バス」や札幌の「厚別ふれあい循環バス」等に転用されたあと、『山手中通線』専用バスとして小樽市内を縦横至便に走り回っている。 |
うらサビしい…駅前広場銭函・桂岡線(銭函浄水場〜ほしみ駅前) (コメント) この路線はS56年2月、定員28人のマイクロバスで銭函浄水場〜一鉄鉄工所[*註1]間でスタート、ほしみ駅開業に合わせて路線を約2km延長して同駅に乗り入れた。その際、急勾配で交通難所だった馬追坂経由をやめ、道々銭函停車場線経由に切り替えた。[*註2] ほしみ駅前のロータリーには中央バスの真新しい停留所が設けられ、ほぼ同時にJRバスも星置方面からここに乗り入れたが、当時周辺に建物らしきものはサッパリなく、延長コースも民家まばらな工業団地とあって空気輸送もママならず、数年で元の路線に戻ってしまった.... あれから20年以上たったいまも『分譲中』の荒野がわびしく広がる駅前広場。しばらくネバっていたJRバスも、さすがに撤退を余儀なくされたようである。 ★[*註1] いまの銭函3丁目バス停付近にあった鉄工所、現「産鋼スチール」。敷地内にバス転回場と乗務員の休憩所があったが、鉄工所の倒産で現在は撤去されている。 |