中央バス最新NEWS

札幌管内 1910-30年代

1910(明治43)年〜1939(昭和14)年

【多力商会】札幌―円山間スタート! (1910[明治43]年5月3日)


札幌大通西6丁目、多力商会主ほか2〜3名が購入した乗合自働車はすでに到着したので、札幌〜円山間を20銭で近々運転を開始する。
※多力商会は医療器具の販売店(2013年刊「都道府県別 乗合自動車の誕生 写真・史料集」より)

札幌―円山間自動車大当り!! (1910年5月11日)


札幌では初めて見る人も多いせいか、この花時を当て込んで開業したただ1台の自動車が大当り。市内から円山まで花時を見込んだ人力車が6、70銭の法外な高値に対し、自動車は20銭。しかも1台しか無いのだから目の回る繁昌も無理はない。

【多力商会?】札幌―円山間の運転再開 (1911[明治44]年5月5日)


5日から毎朝6時、南1条新川側〜円山間の自働車運転を開始する。往復とも片道20銭均一。

自動車会社計画 (1914[大正3]年1月24日)


函館博品館の藤野武平および独逸商館プレツシナイゲール合資会社などは、本道に10万円の自動車会社成立の計画を立て、すでに道庁当局者から道路使用の承諾を得たが、その目的は8万円を投じて自動車8台を購入し、黒松内〜寿都間、本郷〜江差間、釧路〜根室間、沙流〜浦河間を運転しようというもので、このたび独逸商館員(横浜)の関範次郎氏が運転箇所視察のため来道した。

根室自動車計画 (1914年3月31日)


根釧鉄…(?)…外浜および別海方面を毎年6月より11月まで運転し、11月よりはさらに花咲港へも臨時繰り廻し、徐々に車数を増やして厚岸根…

【大沢瀧三郎】根室―花咲、遠太―落石間出願 (1914年4月24日)


本郷〜江差間、猿太〜浦河間の自動車営業出願があったが、今回根室町大沢瀧三郎氏が根室市内より花咲村まで、そのほか歯舞村遠太〜別海落石間までの自動車営業を道庁警察部へ願い出た。

【大津瀧三郎】根室自動車計画 (1914年5月31日)


根室町大津瀧三郎氏の主唱に係る自動車事業計画は種々の調査を経て、23日報告会を開き、会社組織の協定を為し、道庁の認可を待つのみとなったので近く実現されるだろう。

【大津瀧三郎】根室の自動車大景況 (1914年7月15日)


根室町大津氏経営の自動車は少なくとも1日300人以上の試乗を許しつつ、間断なく市内の疾走を続け未曽有の大景況を呈している。

【大津瀧三郎】釧路町内の運転開始 (1915年[大正4]8月2日)


釧路町自動車運転の嚆矢として、大津瀧三郎氏(根室町松ヶ枝1丁目10番地)などの発起による自動車営業はいよいよ30日試運転を行った後、ただちに町内運転を開始することになった。

【菊川自動車】自動車商会設立 (1917[大正6]年6月15日)


札幌区南3条西2丁目5番地菊川竹次郎氏は、今回菊川自動車商会を設立し、新式20馬力の車台1両を購入し、札幌神社祭典を当て込み15日開業した。料金は20分間1円50銭、40分間2円50銭、運転手は熟練の浅野伊一郎氏を招へいした。来年の大博覧会の準備行為の一環で、いよいよ来年に入れば何両かの新車を購入し、盛んに営業するとのこと。

【菊川自動車】乗合自動車 営業スタート! (1917年8月13日)


菊川自動車商会(札幌南2条西3丁目、菊川竹次郎代表)はこのほど米国製最新式オーバランド35馬力、6人乗りの自動車を購入し乗合を開始した。時間貸しは20分1円50銭、40分2円50銭、1時間3円50銭、なお20分を増すごとに1円ずつの料金となる。運転手は東京で永年運転に従事し、経験を積んだ熟練の浅野伊一郎氏を招いた。

【札幌電気軌道】乗合自動車の認可申請 (1918[大正7]年4月26日)


札幌区内には目下、菊川自動車商会が乗合自動車を開始しているが、札幌電気軌道株式会社でも乗合自動車6人乗り2両を購入して区内の乗合営業を開始しようと認可申請中。

【札幌人力自動車】乗合貸切自動車を開始 (1920[大正9]年5月1日)


札幌人力自動車株式会社(助川貞二郎社長)は円山観桜客の便を図り、100台の人力車を用意したが、さらに今回最快速の乗合自動車を購入し、札幌停車場〜円山間の連絡を開始するべく1日朝、警官ならびに本社員搭乗試運転を行ったが、とても軽快で停車場間わずか6分で到達した。

【石山】鵡川―沼之端をスタート! (1922[大正11]年3月10日)


鵡川の石山はこのほど鵡川〜沼之端間の乗合自動車の運転を開始した。鵡川発は700 900、沼之端発は1100 1600。

【札幌乗合自動車】乗合自動車スタート! (1923[大正12]年5月10日)


奥泉安太郎氏ら山鼻方面の有志その他が発起人となり創立した札幌乗合自動車株式会社(山鼻町1057番地)は、車体の検査が今明中に了する予定につき、終了しだい11日か遅くとも12日頃から乗合自動車の運転を開始する。

 山鼻交番〜札幌停車場間、北一条北辰病院前〜円山神社坂下間の2線で、運賃は1区6銭均一。開業当日は山鼻町松田健太郎商店(南6西9)、山鼻亭などは特に売出しを催して景気を添える。

【札幌乗合自動車】豊平線スタート! (1924[大正13]年10月12日)


札幌乗合自動車株式会社は12日から豊平線を開業する。7時半〜19時まで毎日運転。賃金は次の通りだが、軍人に限り割引があり、また12日はお祝いとあって一般客にも割引をする。

【室蘭自動車】乗合営業をスタート! (1925[大正14]年8月20日)


室蘭自動車合資会社(室蘭市)はこのほど乗合営業を開始した。

【北日本自動車】日高の自動車事故 (1926[大正15]年1月28日)


28日午前10時ごろ、日高国三石郡三石村の叔(?)布荷越橋から北日本自動車株式会社の自動車が転覆し、乗客5名中1名が即死した。

【十勝自動車】帯広―広尾間は徒歩連絡 (1926[大正15]年4月26日)


帯広町〜広尾港間(22里)は融雪とともに帯広町から上札内方面まで開通しているが、無願坂方面に約2里にわたる積雪3尺5寸におよぶ通行不可能な箇所があり、帯広駅前十勝自動車会社では26日、その2里の間を馬ソリによって自動車2台を移送し、当分徒歩連絡で往復を開始することになった。全通は来月10日ごろの予定で、全通とともに高級自動車4台を使用して賃金片道5円30銭の低廉にて一般乗客に奉仕する。

【田尻権十郎】追分―千歳間を申請 (1926年6月8日)


追分市街地田尻権十郎氏が個人経営として室蘭線追分〜千歳郡千歳市街地間(6哩)の自動車往復運転計画を立て、今回フォード型5人乗り1台を購入し、目下その筋に許可申請中。

 同区間の交通はきわめて不便で、途中ケヌチ松原温泉やホロカ温泉などもあり、夏期は相当浴客もあるが、なにぶん交通機関がないため旅行者の不便をかこっていた。今月中旬ごろまでには許可の予定で、許可しだい運転を開始し、成績により漸次貨物自動車の運転も行う見込み。

【伊藤八郎】根室―歯舞間を許可 (1926年11月19日)


釧路伊藤八郎氏が9月19日付で許可出願していた根室〜歯舞間の自動車乗客および貨物運輸営業は、19日付で許可された。

【浦河町昇月旅館】浦河にまた自動車 (1926年12月8日)


浦河町昇月旅館扱の赤線自動車は時代の趨勢に鑑み、最新式自動車を3台購入し、8日から社会奉仕として静内〜様似間を従来の賃金より3割引きで運転している。

【カルルス温泉自動車】乗合自動車スタート! (1927[昭和2]年5月2日)


登別温泉〜カルルス間の道路開発に長年にわたって多大の貢献をしたカルルス温泉の日野久橘氏は当局と協力してこのほど道幅の拡張を行い、車馬連絡に大きな利便を感じるようになったが、最近自動車の運転を計画、着々と準備交渉などを交わしつつあったが、このほど当局から認可され、室蘭自動車会社(徳中満社長)との共同出資でカルルス温泉自動車合資会社を設立、5月10日頃から事業開始の運びとなった。

 カルルス温泉はいまや道内広くその品質の良さで名声を上げ、幽仙境地として年々多くの浴客が訪れている。従来のガタ馬車は湯地客、遊覧客にとって不便だったが、自動車開通により今後ますます発展するだろう。

【稗田自動車部】石狩―茨戸間スタート! (1927年6月22日)


石狩町稗田(ひえた)自動車部では一昨年から石狩〜花畔間の自動車運転を開始したが、今回軽石(けいせき)馬鉄とともに事業を拡張して石狩〜花畔〜茨戸間(6哩半)を運転することになり、先日からの道路修繕も終わったので、いよいよ22日から運転を開始する。

 石狩、茨戸発とも各5回ずつで、原田自動車店とも連絡を取っている花畔〜茨戸間は10分で疾走するというから、札幌からガソリン車に乗れば約1時間で石狩の人となる事ができる。石狩浜には香り高いハマナスの花が今や真っ盛りに咲き誇っているので、涼みがてら1日の清遊を試みるのには大変便利になった。発車時間は次の通り。

札幌―定山渓間の営業許可 (1928年9月7日)


本道最初の私鉄との平行線として、その成り行きが注目されていた札幌〜定山渓間の自動車営業はついに7日、旭川市7条通8丁目右8号、芦田瀧三郎氏に許可された。運転経路は札幌駅〜北1条西4丁目(左折)〜北1条東2丁目(右折)〜豊平の電車通〜定山渓道路に出るもので1哩1区とし、1哩10銭、札幌〜定山渓間20哩2円の賃金として許可、1日9往復する予定。なお現在道路改修工事中なので、工事が終わりしだい営業開始の見込みだが、芦田氏は近く会社組織として営業の基礎を常固させることになっているから、今後の定山渓鉄道との競争は注目に値するだろう。

【札幌乗合自動車】山鼻線スタート! (1928年11月25日)


10/13より開業した札幌乗合自動車は従来の元村線のほか、25日から新たに山鼻線の運転を開始する。また12/7からは中島公園線を運転する予定だが、停留所発車時間は汽車時刻に連絡するようになっている。

【定山渓自動車】定山渓行きバス開通 (1929[昭和4]年6月19日)


定山渓自動車会社は、19日から札幌駅前〜定山渓間のバスを開通させる。同社では「途中の良い景色を眺めながら是非一度ご試乗下さい」と意気込んでいる。

【札幌乗合自動車】銭函行きバス運転 (1929年8月3日)


札幌乗合自動車会社は浴客の便利をはかるため、3〜25日まで銭函に出動、海水浴場から駅まで5銭均一で運転する。なお毎日午前8時には札幌駅前〜海水浴場間に貸切バスを運転し、帰りは銭函発6時で往復賃金は1人あたり80銭程度。

【松本峯太郎ほか】本別―足寄太、本別―池田間免許 (1929年8月16日)


鉄道省は16日、かねて各府県から申請中の自動車営業出願に対し、次の通り免許または認可に支障なき旨を各地方長官あてに通牒を発した。

【安倍自動車部】上士幌―足寄間スタート! (1929年10月1日)


安倍自動車部(帯広町西2条4丁目)は1日から上士幌〜芽登〜足寄間の定期乗合自動車を開業した。営業場を上士幌駅前に置き、使用車は乗り心地のよい最新式シボレー高級車。料金は1里につき20銭。発車と着時間は次の通り。

定山渓自動車の転覆企てる (1929年10月21日)


21日午後7時ごろ、定山渓〜札幌間の定期自動車が滝の沢付近にさしかかったところ道路に大石数個を置いて転覆を企てたものがいる。幸いに運転手が発見して無事だったが、届け出によって定山渓部長派出所から豊田部長が出張、犯人捜査の結果、同夜深更に逮捕したが、現在身元原因を取り調べ中。

【江当軌道】当別―獅子内間を廃止 (1929年11月4日)


鉄道省はかねて北海道庁から稟請中の江当軌道株式会社の自動車営業廃止出願に対し、許可支障なき旨を4日道庁長官あてに指令を発した。区間は石狩郡当別村字当別〜同村字獅子内間(延長4哩9分)の営業乗客全部または一部。

市営バス運転計画 (1929年12月7日)


札幌市は政府の方針が起債不認可となり、山鼻電車終点から新築札幌師範方面への新線も実現困難な状態にあるので、近年膨張著しい同方面住民のため市営バスの運転を希望している。

 先進都市のうち市営電車のあるところでは、市街バスのため電車経営に困難を感じつつある現状を見て、札幌市もいまのうちに市営バスを運転して路線の権利を取っておかないと、将来市営経営に大きな支障をきたすことを痛感し、市営バスの実現に努力しているとともに、5年度には起債に寄らず市電剰余金からやり繰りして、山鼻南部から市中央重要路線へバスを運転するよう計画し、電気局新年度予算に計上した。

【日高自動車】幌泉―小越、幌泉―鹿野間免許 (1930[昭和5]年1月31日)


鉄道省は31日、日高自動車合名会社が出願していた自動車営業に対し、免許または許可支障なき旨を地方長官あてに指令を発した。

【札幌乗合自動車】市営バスに反対運動 (1930年2月28日)


札幌市は昨年12月の市会で市営バスを経営する原案を可決し現在申請中だが、これに対し、一昨年8月から営業を開始した札幌乗合自動車株式会社は「もし市営バスが申請通り許可実現すれば、その路線が同一箇所または二町離れて同一方向に運転されるので、会社の経営は死地に陥り、これまでの苦心も水の泡になってしまう。市会議員ならびに関係官庁は市営バス経営を中止し、会社の営業を援助してほしい」という陳情書を提出すると同時に猛烈な反対運動を起した。

【厚田乗合自動車】厚田―石狩間スタート! (1930年4月1日)


厚田乗合自動車営業所は1日から厚田〜石狩間自動車の運転を開始した。

【札幌自動車】江別―長沼間スタート! (1930年5月11日)


札幌自動車合資会社長沼営業所は、このほど江別〜長沼市街間の乗合自動車を開始した。この区間を免許は昨年5月30日付で出願され、同6月25日付道庁に鉄道大臣より認可されたもの。所要時間は約1時間40分、1日4往復でダイヤは次の通り。

【雨宮駒平ほか】自動車営業免許 (1930年6月4日)


鉄道省は4日、各府県から稟請中の次の自動車営業請願に対し、免許の旨を地方長官宛てに指令を発した。

【定山渓自動車】定山渓バスをスタート! (1930年6月29日)


中村源一氏(旭川市3の7)はこのほど定山渓自動車会社の営業を引き受け営業開始することになった。札幌駅前〜定山渓間の運賃は当分片道大人75銭、小人半額の2割5分引きとし、ほかに小型高級車・トラックの貸切自動車の発注にも応じる。

【札幌乗合自動車】バス営業免許 (1930年8月28日)


札幌乗合自動車株式会社が申請していた自動車営業免許がこのほど次の通り認められた。

【札幌乗合自動車】バス営業免許 (1930年9月23日)


札幌乗合自動車(札幌バス)が申請していた新延長路線の出願は、23日付で鉄道省から許可された。許可されたのは工業高校〜行啓通り廻り〜中島接続、大学病院前通り〜石狩街道廻り〜今井呉服店の環状線。区間は次の通り。

白石線バス却下される (1930年9月23日)


鉄道省は23日、北海道庁から稟請中の次の自動車営業出願について、却下する旨を同長官あてに指令を発した。

【札幌市】市営バス営業スタート! (1930年10月24日)


札幌の市営バスは先月23日免許されたので、いよいよ24日から開業するが、本年はとりあえず許可線の次の3線だけを9台のバス(シボレー)で運転する予定。運転3路線と停留所は次の通り。(○=区界停留所) ※車体はチョコレート色に塗られたシボレー16人乗り14両で運行(1931年6月現在)

【定山渓自動車】1日12往復運転 (1931[昭和6]年4月15日)


定山渓自動車合資会社(札幌市豊平3条1丁目)の札幌〜定山渓間定期自動車は15日から札幌駅前から発車するが、電車と競争して賃金を片道50銭とし、1日12往復を運転する。会社は豊平橋畔にあることは従前の通り。

【佐々木時光】自動車営業認可免許 (1931年4月21日)


鉄道省は21日、かねて北海道庁から稟請中の自動車営業出願に対し、次の通り道庁長官宛に営業譲受許可の指令を発した。

樺太全島で自動車合戦 (1931年4月27日)


樺太庁の自動車営業は近来非常な勢いで盛んになり、島内の至る所で既営業者間に火花を散らす競争が演じられているが、一方新規の出願も激増し、今日まで保安課に提出されている新路線、台車増加、路線延長など合わせて実に150通以上に達しているいう物凄さである。しかし保安課の方針は現在でも同業者が多すぎる状態にあるので、新規の営業は許さず、わずかに路線の延長と台車の増加を認めるほか、特殊の事情を考慮して既営業者に限り、新路線の一部を許可する程度で行くことに内定している。

【山口藩五郎】鹿追―然別温泉間免許 (1931年4月30日)


鉄道省は30日、かねて北海道庁から稟請中の自動車営業出願に対し、次の通り北海道庁長官あてに営業免許の指令を発した。

【札幌乗合自動車】札幌駅―大学病院前間開通 (1931年5月7日)


札幌乗合自動車株式会社(札幌市青バス)では新線開通とともに、今回最新式乗り心地のよい自動車を10台増加、27台を運転することになり、7日から次のように営業時間も延長してサービス振りを示す。

【根室自動車運輸ほか】自動車営業認可 (1931年5月19日)


鉄道省は19日、かねて各府県から稟請中の自動車営業出願に対し、次の通り各地方長官あてに指令を発した。(営業譲受許可)

【室蘭市街自動車】室蘭市内の営業免許 (1931年5月22日)


鉄道省は室蘭自動車株式会社から出ていた自動車営業出願に対し、次の通り22日付で各地方長官あてに免許の指令を発した。

【札幌軌道・厚田自動車】札幌―厚田間を連帯輸送 (1931年6月1日)


札幌軌道会社と厚田自動車会社はこのほど連帯輸送の契約成立し、1日から次の時刻に相互乗車券を発売する。札幌〜厚田間片道4時間で日帰り客には非常に便利になった。

【札幌乗合自動車】新路線スタート! (1931年6月2日)


札幌乗合自動車会社(青バス)は2日から丸井〜4丁目経由〜大学間が開通運転するので、披露のため同区間および元村、石狩通りの乗客に対し20日間無料とし、さらに大学線回数券を1週間2割引のサービスを行う。なお同社では5月31日、藻岩登山者のために午後10時から翌1日午後6時まで札幌駅〜登山口、行啓道路〜登山口間を終夜運転する。

【宮本達郎】高島駅―士幌駅間を免許 (1931年6月22日)


鉄道省はかねて稟請中の自動車営業出願に対し、次の通り22日免許の指令を発した。

【札幌市】苗穂電車線スタート! (1931年7月23日)


札幌市乗合自動車は23日から第6号線(苗穂電車線)の営業を開始する。全線第1区制で停留所名は次の通り。(○=区界停留所)
【停車停留所】○札幌駅前〜道庁前〜ビール会社前〜北3条東7?丁目〜東11丁目〜東橋通〜○苗穂駅前

【札幌乗合自動車】バス営業免許 (1931年11月28日)


鉄道省は28日、札幌乗合自動車株式会社(青バス)が申請していた次の自動車営業免許を認可した。

【定鉄】定山渓行きバス営業免許 (1932[昭和7]年1月27日)


定山渓鉄道株式会社が出願していた次の自動車営業免許が鉄道省から許可された。

【畑井工業】標茶―弟子屈間廃止 (1932[昭和7]年1月28日)


鉄道省は28日、各府県から申請中の自動車営業出願に対し、次の通り各地方長官宛てに指令を発した。

札幌競輪開催に伴う臨時バス (1932年4月20日)


札幌競輪はゴールデンウイークに第1回(4/20〜25)と第2回(4/28〜30、5/3〜5)を開催するが、期間中は五番舘前、日劇前、豊平駅前から競輪場行き臨時バスを運転、競輪場前に臨時バス停留所を開設する。

【札幌乗合自動車】競馬場行きバス (1932年5月25日)


札幌乗合自動車(青バス)では札幌競馬の攻馬覧観者の便をはかるため、桑園駅〜競馬場間に路線新設を申請していたが、23日許可されたので、25日の本馬場日から毎週水曜、日曜の両日午前7:45と9:45の2回、各30分間ずつ青バスを運転する。料金は競馬倶楽部から補助があるので片道、往復とも5銭均一。

【札幌乗合自動車】全線1区制に (1932年9月1日)


札幌乗合自動車会社(青バス)では1日からかねて計画を進めていた全線1区制を実施する。なお運転休止中の大学線、八垂別線も近く復活運転する。

【青バス】スキー選手権大会に直通バス (1933[昭和8]年2月10日)


札幌青バスでは10、11、12の3日間、我幌部(?)郊外三角山、大倉シヤンツエで開かれる全日本スキー選手権大会に市民大衆の便宜をはかり、札幌駅前から大会所山麓までスキー直通運転する。

【札幌市】札幌青バス買収許可 (1933年3月10日)


札幌市は青バス買収とともに鉄道省に対し営業許可を申請していたが10日許可された。4月1日から市において運転することになるだろう。

【江当軌道】当別―江別、中小屋―月形間免許 (1933年3月17日)


鉄道省はかねて北海道庁から禀請中の江当軌道株式会社の自動車営業出願に対し、17日長官あてに免許の指令を発した。区間は次の通り。

【室蘭自動車】栄町―船見町間免許 (1933年3月17日)


鉄道省はかねて北海道庁から禀請中の室蘭自動車株式会社の自動車営業出願に対し、17日長官あてに免許の指令を発した。区間は次の通り。

【札幌市】郊外連絡線スタート! (1933年6月1日)


札幌市と札幌村をつなぐ市バスの郊外連絡新路線が1日から開業運転する。順路は札幌村役場前〜苗穂東官舎〜苗穂駅〜東橋〜北1条〜市役所前〜西3丁目〜美満寿館前〜南6条を円山6丁目に出て琴似に至る。これによって円山南部方面などの札幌郊外居住者は非常に恵まれることになった。

【洞爺湖自動車ほか】洞爺地区の営業免許 (1933年9月5日)


鉄道省は5日、かねて道庁から稟申中の自動車営業出願に対し、次の通り免許の指令を発した。

【十勝自動車ほか】帯広、釧路地区の営業免許 (1933年9月5日)


鉄道省は5日、かねて道庁から稟申中の自動車営業出願に対し、次の通り免許の指令を発した。

【稗田繁蔵】花畔―銭函間免許 (1933年9月10日)


鉄道省はかねて禀請中の自動車営業出願に対し、10日免許の指令を発した。営業免許区間は次の通り。

【伊藤鑽次郎】大楽毛―舌辛間免許 (1933年9月22日)


鉄道省はかねて禀請中の自動車営業出願に対し、次の通り22日免許の指令を発した。

【札幌軌道】札幌―石狩間スタート! (1933年10月24日)


石狩国の僻地である石狩、厚田の海岸方面は従来、茨戸から小型汽船によってかろうじて交通の便をはかっていたが、このほど札幌軌道会社(札幌市北7東1)では犠牲を払い、シボレー21人乗り自動車2台を購入し、札幌〜石狩間の乗合バスを開始し、厚田方面と連絡することになった。時刻は次の通り。(※6/10稗田繁蔵氏より石狩〜茨戸間の営業権を譲り受け、8/1から自動車営業開始)

【札幌市】札幌―真駒内間の新線計画 (1933年10月27日)


札市電のバス路線のうち、三月前に申請している次の3線の路線変更は今年中には許可になる見込みで、市電では次期の延長路線として、現在の八垂別線終点から藻岩橋を通って真駒内の定山渓街道までの延長を計画しているが、真駒内〜札幌間を連絡する新線として期待が持たれている。

【札幌軌道】新バス試運転 (1934[昭和9]年6月30日)


札幌軌道株式株式会社は田井自動車製作工場で製造中だった定員20人乗りのバスが出来あがったので、30日試運転を行ったが大変乗り心地がよく、近く茨戸〜石狩間にその姿を現し、初お目見えをする予定。

【札幌軌道】石狩海水浴場行きに新車 (1934年8月5日)


札幌軌道株式会社は今回、静波石狩海水浴場行き遊覧旅客の便を図り、34年式モダン23人乗りバスを新装し、便利な回数券を会社並みに丸井内ジャパンツーリストビューローで発売する。回数券は10円券(5往復)1冊大人4円50銭、同学生券3円、同小人2円(このほかの札幌〜石狩間往復大人95銭、小人50銭)

【大印自動車】帯広〜大津間など運行 (1934年11月2日)


大印自動車合資会社(帯広市西1条11丁目、代表:名畑仁太郎)は現在、帯広〜大津、止若、猿留、糠内方面への定期バスを運行している。

【札幌軌道】札幌―茨戸間に大型バス (1935[昭和10]年4月9日)


石狩、厚田方面唯一の輸送機関「札幌軌道株式会社」では札沼線との交差関係上、札幌〜茨戸間軌道は補償法によって本年度限りで廃止することになったが、これに代わって軌道跡に新たに自動車路線を設け、大型自動車を運転する計画を進めている。

 現在軌道跡に従来通り札幌〜茨戸間各1時間ごとに大型自動車を運転しているが、ここ数日中には札幌〜石狩間の直通連絡もでき、数年来とみに発展した茨戸水郷は河湖の横断堤防の完成とあいまって、対岸丘陵に大遊覧場を増設するほか、前年通りボート、スカール、釣魚などの大衆的諸施設もあり、とくに日曜祭日には往復5割引きを断行する予定。

【山口自動車】鹿追―然別湖間免許 (1935年4月16日)


鉄道省はこのほど次の自動車運輸事業経営免許の指令を発した。

【堀江自動車】石狩―太美間バス開通 (1935年4月18日)


札沼線太美駅〜石狩八幡町間の堀江自動車商会バスは18日から運転開始する。発車時間は石狩発9:00 12:00、太美駅発9:30 13:00の2往復だが、5月1日から4往復に増やす予定。料金は50銭。

【札幌軌道】茨戸遊園地を開園 (1935年5月1日)


札幌軌道株式会社は1日から茨戸遊園地を開園する。石狩川治水計画第1期工事完成により、河川切り換えで生じた茨戸河湖(延長17㌔、幅約45㍍)のほぼ中央に位置し、園内にはヨット、スカル、ボートが浮かび、ハイキングや遊覧に適した水郷の地。大型バスも運転する。

【札幌駅特置自動車】大型モダンバス登場 (1935年6月1日)


札幌駅特置自動車会社では観光団体客の便をはかり、今回大型モダンバス2台を入れ、先日札幌〜定山渓間の試乗会を催したが、座席に特殊の装置があって乗り心地がよい。

(写真:札幌駅頭に出現した大型バス)

【北海道鉄道】支笏湖畔へバス運行 (1935年6月29日)


北海道鉄道は千歳駅から支笏湖畔へ魚釣に行くため、16人乗りの大型バスを札幌方面から千歳駅着の列車ごとに発車させており、料金も割引されているので、魚釣客はもちろん遊覧客にも非常に便利であるという。

(写真:支笏湖を走る北鉄バス)

【札幌観江】石狩海水浴場、水郷茨戸ゆきバス運行 (1935年7月14日)


札幌観江バス(札幌・北7東1)は7/14〜8/20の間、石狩海水浴場ゆき、水郷茨戸ゆきバスを運行する。海水浴場ゆきは往復1円20銭、水郷茨戸ゆきは往復60銭。

【省営バス】阿寒国立公園周遊バス計画 (1935年8月27日)


札幌鉄道局は昭和11(1936)年度から阿寒国立公園地帯に省営バスを運転しようと今春から調査、近く開催の鉄道会議に提案される事になった。

 同地域は阿寒、屈斜路湖、摩周湖の3湖を包容する一大火山地帯で、その風光明媚な景観の雄大さはほかになく、この地帯が昨年国立公園に指定されてからは観光客は激増しているが、交通機関は民間業者の伊藤、細江両自動車が走っているものの、観光客が満足に足を運べる現状にないので、省営バスを運転し交通網の充実が最大の急務であるとの声が強まっている。

 阿寒国立公園地帯において省営自動車の運転は、公園としての事業を助長させるとともに交通網の完備を期するものであり、一方で現在の民営運賃の効率を緩和し、輸送能力の順次拡大、さらに旅客誘致がいっそう進み鉄道収入を増収させるワケである。民営と省営の賃金比較は次の通り。

【札幌観江】鮭漁見物、舟遊びバス運行 (1935年10月4日)


札幌観江バス(札幌・北7東1)は石狩の鮭漁見物、茨戸の舟遊びバスを運行している。鮭漁見物バスは往復1円20銭(食事付きサービス券は1円50銭)、舟遊びバスは60銭(日曜祭日)。

【諏訪彦次郎】自動車運輸経営免許 (1935年11月13日)


鉄道省は13日、次の自動車運輸経営免許を発表した。

【省営バス】阿寒観光路線、来夏スタート! (1935年11月26日)


阿寒国立公園地帯観光鉄道省営バス路線は、先月開催された鉄道会議で美幌〜和琴温泉〜川湯〜弟子屈間92㌔を、いよいよ来年7月ごろ開始することになり、かねて本道樺太方面視察に赴いた本省菅自動車課長は26日来札、札幌鉄道局局長室で次のように語る。

 阿寒観光バス路線について種々視察した結果、開業の見込みもついたので来年度予算に計上、遅くとも7月ごろに実施したいと考えている。弟子屈〜北見相生間いわゆる横断道路の方は道路修繕の関係上、明後年度になるだろう。また浦河〜幌泉間も来年中には開業したいと思うが、十勝広尾に出る線路はなにぶん太平洋の高波が30尺以上にも達するので、旅客の輸送の危険を考量し多少遅れるかもしれない。なお札樽バスを江別まで延長することは地方鉄道の利害をも考量してなお慎重に調査してみたい。

【省営バス】浦河―幌泉間など視察 (1935年12月13日)


日高国浦河〜幌泉間省営バスの運転を新春早々実施する見地で、鉄道省から自動車課野田事務官らが12日来道、現地に向かったが、15日は浦河から山越えに庶野を経て広尾に至り17日帰札、18日札樽国道視察、19日は地方民が要望している札樽バスの延長である苗穂から江別まで20㌔の国道を調査のうえ20日退道する。

【田淵達三郎】斜里―東朱円間免許 (1936[昭和11]年3月17日)


鉄道省は17日、次の自動車運輸事業を免許した。

【定鉄】定鉄銀バス運転スタート! (1936年5月6日)


定山渓鉄道自動車部は6日から定鉄銀バスを運転開始する。同社では早速「行楽に静養に湯の花招く幽仙境へ…」と大々的に売り込んでいる。

【札幌観江】生振地区の営業免許 (1936年5月22日)


札幌観江株式会社が申請していた自動車運転事業経営免許が12日、鉄道省から許可された。免許区間は次の通り。

【札幌観江】始発を札幌駅前に (1936年5月29日)


水郷茨戸で売出し、年々遊覧客が激増の石狩〜茨戸〜札幌をつなぐ札幌観江バスは、これまで北7東1の会社前を始発点としていたが、省線利用の観光客の便のため、29日から札幌駅前を始発点とし運行することになった。発車時間は次の通り。

【北海道鉄道】リリー狩バス運行 (1936年6月5日)


北海道鉄道はリリー狩客向けに、6/5〜6/21まで苗穂〜島松恵庭間を5割引きで運転し、期間中は日曜、祭日にかぎりガソリンカーを3往復増やし、約1時間おきに運転する。なお土日、祭日は島松からリリー場までバスを運転する。往復料金は苗穂〜島松間72銭、苗穂〜恵庭間84銭。

【札幌観江】水郷茨戸ゆきバス運行 (1936年6月21日)


札幌観江バス(北7東1)では夏の涼味の中心、水郷茨戸ゆきバスを運行している。大人片道30銭(小人半額)。日曜日は定期のほか8時から11時まで30分ごとに駅前から出ている。

【省営バス】札幌―琴似間の路線変更 (1936年6月21日)


秋の特別大演習を控え、札幌市一条通り道路が立派な舗装に美化されるため、札幌〜琴似間省営バスは6/21〜8月末日まで次の通り路線を変更する。

 運行経路は札幌駅前〜北2条道路〜北3条〜円山道路〜琴似間となり、西4丁目〜西15丁目間の各停留所は北2条を経由し、従来より一町北に移る。

【省営バス】札鉄に自動車課新設を (1936年11月5日)


現在、札鉄局管内の鉄道省営バスは札樽線だけだが、来年度は阿寒国立公園地帯の美幌〜弟子屈線ならびに摩周湖〜阿寒線と日高地方の幌泉〜浦河線が確実に選定される形勢にあるので、これらの新線が来年度開業することになれば当然、路線の拡張とともに繁忙を極めるため、現在の札鉄局運転部庶務課内にある自動車係を独立させ、自動車課として新設せよとの機運が相当高まっている。このため運輸部安田庶務課長は5日上京し、6日から本省で開催する全国鉄道局自動車会議に出席し、これらを提案してその実現に努力する模様である。

【札幌観江】札幌―茨戸間 冬も運行 (1937[昭和12]年1月27日)


茨戸〜札幌間のバスは積雪の関係上、冬期間は運行途絶することがあったが、今回札幌観江バス会社で除雪車を購入したので、バスの運行は毎日午前8時〜午後5時まで平常通り1時間ごとに発車し、一般の自動車も運転可能となり非常に利便を得ることなった。

【釧路自動車】釧路市内の延長免許 (1937年4月14日)


鉄道省では14日、釧路自動車株式会社が出願していた次のバス延長を免許した。

川湯定期バス運転 (1937年5月1日)


阿寒国立公園地帯も5月を迎え、春の装いを凝しつつあり、先月以来、川湯、弟子屈方面は日曜ごとに相当のにぎわいを見せていたが、定期バスは川湯〜仁伏間を5月初旬より運行予定。

江別春競馬に大型バス (1937年6月4日)


春競馬のトップを切る江別競馬は4日から見晴ヶ丘江別競馬場で3日間にわたり開催されるが、開催期間は特に江別駅〜競馬場間に大型バスを運転させ、競馬ファンへのサービスを行う。

【北海道鉄道】バス延長認可 (1937年9月28日)


鉄道省は28日、北海道鉄道株式会社(北鉄バス)が申請していたバス延長について次の通り認可した。

【室蘭自動車】室蘭市内の経営認可 (1937年10月21日)


鉄道省では21日、室蘭自動車株式会社が出願していた次のバス経営を認可した。

【札幌観江】茨戸―生振3線間を免許 (1937年11月26日)


鉄道省は26日、札幌観江バス株式会社が申請していたバス営業を免許した。区間は札幌郡篠路村茨戸番外地先〜石狩郡石狩町大字生振村3線番外地先、キロ程0.40㌔。

【大印自動車】帯広―広尾間など運行 (1938[昭和13]年1月1日)


大印自動車合資会社(帯広市西1南11、代表:名畑仁太郎)は現在、広尾〜猿留、帯広〜広尾、帯広〜大津、富良野〜上富良野間の定期バスを運行している。

【札幌市】バス路線の改廃 (1938年4月1日)


1日から札幌市営バス路線の大改廃が行われ、つぎの通り運転する。

大楽毛―舌辛間バス開始 (1938年5月1日)


阿寒国立公園地帯内の観光道路において、1日より大楽毛―舌辛間の定期バスを運行開始。

【札幌観江】石狩海浜、水郷茨戸ゆきバス運行 (1938年7月21日)


札幌観江バス会社では、海水浴の石狩海浜と釣りと舟遊びの水郷茨戸行きのバスを運行している。札幌駅前からの往復料金は、石狩海浜が1円20銭(土・日・丑の日は割引)、水郷茨戸は60銭。

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