中央バス最新NEWS

札幌管内 50年代

1950(昭和25)年〜1959(昭和34)年

【札幌市】市内観光バス10年ぶり復活 (1951年6月)


札幌市は観光客や修学旅行の学生さんに楽しいサッポロ旅行をしてもらおうと、6月上旬から昔なつかしい遊覧バスを10年ぶりに復活する予定。現在貸切バスとして使っているデイゼル車やトレーラーバスなど、ロマンシートの車両を含む約10台を配し、遊覧バス専用の案内嬢をのせてグレート・サッポロの宣伝につとめようとするもの。

冬季運休線の復活など (1951年4月〜5月)


1日から夏ダイヤに改正する。

バス運賃値上げ (1951年6月21日)


中央バスなど道内各民営バスは21日から一斉に値上げを行う。基本料金(1㌔あたり2円25銭)の最高7割増しで、1割を加算していた現行料金より約4割8分高くなり、札幌〜石狩間は70円→90円、札幌〜月寒間は15→20円にアップする。

札幌−千歳間を増発 (1951年9月1日)


民間航空開始による増客を見込んで、中央バスは1日から千歳線(札幌〜厚別〜輪厚〜恵庭〜千歳間)を現行6往復から8往復に増発する。

新路線合戦たけなわ (1952年4月17日)


本格的なバスシーズンの到来で、中央、市営、国鉄バス3業者は新規路線免許を一斉に札幌陸運局に申請、遅くともこの夏までに営業開始しようと計画を立てている。なかには他社線と競合する路線もあり、公営私営入り乱れての競り合いに同局ではどの事業者に許可を与えたらよいか頭をひねっている。現在までに申請を提出済みのものは次の通り。

冬季運休線の復活など (1952年4月)


積雪のため運休していた次の路線を再開する。

新琴似線をスタート!! (1952年6月1日)


中央バスは1日から新琴似線(札幌〜新琴似)を開設する。ダイヤは札幌発7:00 11:00 17:00、新琴似発7:20 11:20 17:20の1日3往復。

【国鉄】舞鶴橋ゆき臨時バス (1952年6月7日)


国鉄バスは6月7日〜8月末ごろまで、札幌〜舞鶴橋(舞鶴釣の家)間に釣用臨時バスを運転する。運賃は片道140円。舞鶴橋付近に無料休息所も設けられる。 ※昨年は7/14〜8月末まで運行

札幌市内バスサービス合戦!! (1952年11月1日)


終戦後目立って発展しているのは市内や郊外を走るバスだが、このところ各バス業者のサービス合戦が過熱している。そもそも札幌市内にバスが登場したのは大正12年、わずか5台のバスで札幌駅を中心に山鼻、大学、元村の3路線を運転したというが、現在は市内でバス営業を行っているのは公営、私営あわせて4業者あり、系統は47、路線延長988㌔、在札バス車両数は180両に達し、その内訳は中央バス77両、市営66両、国鉄25両、定鉄12両。車両型も木炭バスから電気バス、トレラーバス時代を経て大型デイゼルカー時代に突入している。
 運転経路もしだいに長距離化しており、現在中央バスが札幌〜奔別間(65.1㌔)、札幌〜支笏湖間(64.3㌔)を運転する一方、国鉄も札幌〜追分間(53㌔)を運転してこれに対抗、さきの札幌〜夕張間の直通運転をめぐっては中央、国鉄、夕鉄の3業者が張り合い、3者とも直通運転不許可の裁定を受けるなど、公営・私営入り乱れての誘致合戦も花々しく、また一方が定時運転をサービスのモットーにすれば、他方は沿線案内や蒸しタオルでサービスするという奮闘ぶりだ。

除雪車整備に大わらわ (1952年11月7日)


このところ新型車の投入など、中央、国鉄、市営バスのサービス合戦が盛んだが、降雪期を目前にして各社ともこの冬の除雪対策に力を入れている。中央バス近郊線は札幌〜小樽、千歳、石狩、長沼間は例年各線とも2ヵ月くらい欠行しているが、とくに千歳、長沼は悪路のため運行回数が半減という状態なので、この冬はこの両線に力を入れ、目下ブルトーザーや軽戦車改造の除雪車13台の手入れ準備を急いでいるといった周到ぶり。

バス運賃改定 (1953年12月1日)


中央バスなど道内民営バス料金が1日から、国鉄バスが15日からそれぞれ平均2割値上げされる。これは冬季割増料金で、業者側は除雪費生み出しのための最低値上げだと説明している。値上げ基準が5円単位であるため、区間によっては現行10円のところが15円に値上げされるところもあるが、市内路線、近郊短距離線は値上げされない。
 主要区間の新料金は札幌〜茨戸(45円→75円)、札幌〜石狩(90円→115円)、札幌〜江別(70円→85円)、札幌〜小樽(110円→120円)、江別〜新篠津(75円→95円)など。

夏ダイヤ改正による変更 (1954年5月1日)


1日から夏ダイヤを実施。広島西部地区住民懸案の札幌〜広島間に新路線を運行する。

冬ダイヤ改正による変更 (1954年11月24日)


24日から冬ダイヤに改正する。

札幌−室蘭間3社競願 (1954年12月8日)


札幌〜室蘭間の路線獲得をめぐり中央バス、道南バス、北海道急行バスの3社競願になっている。8日陸運局にそれぞれ申請した内容によると、中央バスが千歳〜室蘭間と登別〜登別温泉間(札幌〜千歳間は免許済み)、道南バスが千歳〜札幌間(千歳〜室蘭間は免許済み)、また北海道急行バスが札幌〜室蘭の全区間。申請内容は次の通り。

冬季運休線の復活 (1955年4月)


積雪のため休止していた次の路線を6日から開通する。なお、吹雪のため2日間ほど運休した太美〜厚田線、江別〜新篠津線、江別〜当別線の各線は6日から予定通り運行している。

【定鉄・道南】札幌−洞爺湖間で激戦 (1955年4月7日)


観光シーズンを前に、定鉄バスと道南バスが札幌〜洞爺湖畔間の定期バスをめぐって激しいバトルを繰り広げている。これは旧年来、道南バスが札幌〜洞爺湖畔間の定期バスを計画、申請したところ、これを知った定鉄バスが直ちに同じ路線を申請したのがキッカケ。定鉄では早くも新車3両を注文するハリキリようで、いずれも札幌〜定山渓〜中山峠〜洞爺湖間に1日4往復走らせるプラン。定鉄では「住民も少ないので採算は合わないが、道南バス防戦のためなら仕方ない」と話している。

夏ダイヤ改正による変更 (1955年5月1日)


1日から夏ダイヤを実施。石狩線、千歳線などに12往復の増発を行う。

札幌−室蘭間急行バスをスタート!! (1955年6月1日)


中央バス、道南バス両社は懸案だった札幌〜室蘭間の相互乗り入れを実現、1日から札幌〜室蘭間を結ぶ急行バスを運行する。4/14付で認可になり、中央、道南バスとも各1往復ずつの計2往復。片道400円。所要時間は両社とも4時間と国鉄普通列車とほぼ互角。
札幌〜室蘭間 急行バス時刻表
(下り) 中央 道南   (上り) 道南 中央
札幌 9:20 16:00   室蘭 8:00 16:00
千歳 10:30 17:10   輪西 8:12 16:12
苫小牧 11:20 18:00   東室蘭 8:16 16:16
錦岡 11:39 18:19   幌別 8:32 16:32
社台 11:49 18:29   登別 8:46 16:46
白老 11:59 18:39   虎杖浜 8:55 16:55
萩野 12:09 18:49   竹浦 9:03 17:03
竹浦 12:17 18:57   萩野 9:11 17:11
虎杖浜 12:25 19:05   白老 9:21 17:21
登別 12:34 19:14   社台 9:31 17:31
幌別 12:48 19:28   錦岡 9:41 17:41
東室蘭 13:04 19:44   苫小牧 10:00 18:00
輪西 13:08 19:48   千歳 10:50 18:50
室蘭 13:20 20:00   札幌 12:00 20:00

【定鉄・道南】札幌−洞爺湖間をスタート!! (1955年7月16日)


定鉄、道南バス両社はかねてから計画していた札幌〜中山峠経由〜洞爺湖間の急行バスを16日から運転開始する。定鉄、道南バスとも各1往復ずつの計2往復。料金は札幌駅前〜洞爺湖間550円、定山渓〜洞爺湖間450円。所要時間は4時間20分。これに伴って、道南バスは同日から洞爺〜定山渓間の定期バス2往復のダイヤを変更する。
  定鉄 道南     道南 定鉄
札幌駅前 8:30 14:30   洞爺湖 9:00 14:00
定山渓 9:30 15:30   喜茂別 10:30 15:30
喜茂別 11:20 17:10   定山渓 12:20 17:20
洞爺湖 12:20 18:20   札幌駅前 13:20 18:20

札幌管内ダイヤ改正 (1955年10月1日)


国鉄列車のダイヤ改正に伴い、1日から中央バス札幌支社と国鉄バス苗穂営業所では次のようにダイヤ改正を行う。

月寒、白石線の停名変更 (1955年10月25日)


中央バス月寒営業所の移転に伴い、25日から月寒、白石両線の停留所名を次の通り変更する。

札幌市内バス争奪戦が勃発 (1955年12月15日)


札幌市の人口急増により、市営、中央、定鉄、国鉄4バスの路線争奪戦がここ数年がぜん激しさを増している。現在市内に本格的に路線をもつのは市営バスだが、今春中央バスが石狩、月寒両線に市内停留所を小刻みに新設してから市内停留所の既得権を主張する市営バスとの間で争いが激化、また中央バスが5月から運行を始めた白石線(札幌〜月寒経由〜白石駅)をめぐっては、同じ路線を市営バスが市議会の採択を得て陸運局に申請中だったことから、路線を寝取られた市交通局が中央バスに談じ込むという一幕もあった。
 このほか、これまで定鉄沿線だけをエリアとしていた定鉄バスも、この春から月寒(豊平町役場)〜北茨木〜真駒内間に新路線を申請するなど積極的な攻勢をみせており、定鉄平岸霊苑線があるため平岸線延長が頭打ちになっている市営バス関係者らをヒヤヒヤさせている。
 一方、国鉄バスドル箱の白石国道には最近市営バスが進出する気配もあり、こうした冷戦で最近バス業者の間ではお互いのハラの探り合いや、計画が外部に漏れないよう神経をトガらせており、路線獲得には陸運局の判断も大きいため同局への働きかけも活発になっている。

元日のバス運休・ダイヤ変更 (1956年1月1日)


中央バスは1日に限り大幅に運転を休止、バスダイヤを次の通り変更する。

花畔−石狩間にソリバス運行 (1956年1月19日)


雪害により石狩線(札幌〜石狩)の花畔〜石狩間の運行が不能となり、中央バスは19日から花畔〜石狩間に雪上車(ソリバス)を初めて運行する。1日4往復、いずれも札幌〜花畔間のバスに接続する。
 このほか15日からの吹雪で16日運休した江別営業所管内の当別線(江別〜当別)と新篠津線(江別〜新篠津)はブルによる除雪を行って、当別線は17日、新篠津線は19日までに開通する見込み。

札幌−千歳間を値下げ (1956年3月10日)


中央バスは10日から札幌〜千歳間のバス運賃を大人155円→130円、小人80円→65円に値下げする。ただし途中区間停留所までは現行どおり。

夏ダイヤ改正による変更 (1956年5月1日)


1日から夏ダイヤに改正する。

島松スズラン狩り臨時バス (1956年5月2日)


スズランの季節を迎え、恵庭町の自衛隊島松演習場内にあるスズラン地帯が2〜3日と9〜10日の4日間解放されるが、中央バスは期間中に臨時バスを運行するほか、同社主催のスズラン祭が3、10日に行われる。来場者も例年を上回る予想だが、許可区域は弾丸道路沿い約1,000㍍、奥行き200〜300㍍の地域で、境界線には赤旗が立っている。

札幌市内またも路線争奪戦 (1956年6月6日)


札幌市内のバス路線をめぐって、中央、市営、定鉄3者の路線申請合戦が再び激烈化。近年とみに発展してきた月寒、美園、平岸、白石方面に計13本の新設申請が出され、裁定を下す陸運局はその調整にスッカリ苦慮している。
 発端はおととし5月、定鉄バスが札幌駅〜定鉄豊平駅前間の路線を平岸霊苑まで延長し、これが平岸線の霊苑延長を申請してアッサリ却下された市営バスを刺激、以来中央バスも加わって路線申請合戦に入ったもの。現在までに市営3本、定鉄6本、中央4本の計13本の新路線申請が出されているが、なかには3者で同じ路線を走るところもあり、事態を重視した陸運局札幌陸運事務所では3者の代表を呼び、それぞれの計画について事情を聴いているが、6日に開かれた2回目の話合いでも3者一歩も譲らず、既得権益やナワ張りを主張し合って調整は困難となり、問題の解決は相当遅れるものとみられている。
 しかし、これだけの申請を無条件に認可すればバス行政を無統制に導くため、陸運事務所は近く折衝案を各社に提示することになったが、将来のドル箱ラインを奪われては大変と、3者間のハラの探り合いは一層激しくなっているという。これまでに申請された新路線は次の13本。

札幌市内バス争奪戦に決着 (1956年10月24日)


一昨年の定鉄バス平岸霊苑線(札幌駅前〜豊平駅前〜平岸霊苑)新設をキッカケに勃発した中央、市営、定鉄3業者による札幌市内のバス路線争奪戦にこのほど話し合いがつき、それぞれ札幌陸運局に認可申請書を提出した。
 陸運局の仲介により6月末から話し合いがもたれ、申請されたのは次の11路線。市営は白石・南郷地区、中央と定鉄は美園・平岸地区を中心にそれぞれ振り分けられ、いずれも許可のありしだい既設路線と連絡、市内中心部からの営業を開始する。申請内容は次の通り。

冬ダイヤ改正による変更 (1956年11月1日)


1日から冬ダイヤに改正する。

ソリバス今年はニュー・スタイル (1956年12月19日)


中央バスは雪害により石狩線(松竹座前〜石狩)が運行不能となったので、19日から花畔〜石狩間に雪上車(ソリバス)を運行する。ソリバスは今冬で2回目だが、ことしから雪上車に運転手だけが乗り込み、大きなソリをつけた30人乗りの暖房付き“客ソリ車”を連結して引っぱる。(22日以降は4往復に減便)

元日のバス運休・ダイヤ変更 (1957年1月1日)


中央バスは1日に限り大幅に運転を休止、バスダイヤを次の通り変更する。

夏ダイヤ改正による変更 (1957年4月20日)


20日から次の路線で夏ダイヤに改正する。

住民待望の盤尻線開通 (1957年5月1日)


中央バスは恵庭町盤尻の川端御料地区住民から陳情が出ていた盤尻線(千歳営業所〜盤尻)を1日から3往復新設する。同地区は恵庭市街地から10㌔も離れているがこれまで交通機関がなく、長年の足の悩みからようやく解消される。これを記念して同日正午から盤尻小学校で開通式が開かれる。
盤尻線時刻表
千歳
(営)
恵庭
駅前
盤尻   盤尻 恵庭
駅前
千歳
(営)
6:35 7:00 7:30   7:30 8:00 8:25
11:35 12:00 12:30   12:30 13:00 13:25
17:05 17:30 18:00   18:00 18:30 18:55

南郷線を運行開始!! (1957年5月27日)


中央バスは27日から南郷線(美園経由)を新設する。発車時刻は五番館前発6:30〜21:00まで1日19往復。

夕鉄バス事業拡大に3バスが反対 (1957年6月11日)


夕張鉄道バスの札幌乗り入れをめぐって、同社と中央、市営、定鉄バス3業者が真っ向から対立している。夕鉄は観光バス事業を広げるため、夕張〜野幌〜札幌間を走らせている観光バスに、夕張のほか札幌と江別でも乗客を乗せられるよう両市を同社の事業区域とするよう札幌陸運局に申請していたが、この動きを知った地元札幌の3バス業者は“不当な勢力拡張だ”と真っ向から反対、11日陸運局で開かれた聴聞会でも「夕鉄バスの札幌乗り入れは譲歩できるが、事業区域とすることは業界の混乱を招く」「現在各地で路線合戦が起きているが、こうした傾向をますます募らせる」と正式に反対意見を表明、この計画を阻止するため反対運動を続けている。

【国鉄】襟裳−百人浜 急行観光バス運行 (1957年7月1日)


国鉄バス様似営業所は観光シーズンに備え、7/1〜9月中旬までダイヤの一部改正とあわせて例年どおり襟裳岬〜百人浜回りの急行観光バスを運行する。また襟裳線のうち601、602、604、62便を除く各便はいずれも襟裳灯台まで入る予定。料金は様似〜広尾間330円、襟裳〜灯台間10円。急行便のダイヤは次の通り。
様似(発) 幌泉 東洋 襟裳 百人浜 庶野 広尾(着)   広尾(発) 庶野 百人浜 襟裳 東洋 幌泉 様似(着)
740 832
837
900 917
937
1003 1025 1143   820 938 1000 1026
1046
1103 1126
1131
1223
1250 1342
1347
1410 1427
1447
1513 1535 1653   1120 1238 1300 1326
1346
1403 1426
1431
1523

いがみ合う中央バスと市交通局 (1957年7月4日)


札幌市内の白石、豊平方面の路線をめぐって昨年春、中央、市営、定鉄の3バス業者が路線争奪合戦をハデに演じたのも記憶に新しいが、こんどは中央バスと市交通局が2つの路線をめぐって激しく対立、札幌陸運局の裁定を前に冷たい対立抗争を引き起こしている。
 発端は中央バスが来年の北海道博を控え、市内で札幌遊覧の定期観光バスをはじめたいという申請を出したのがキッカケ。数年前、市内の観光バスを10年ぶりに復活させた市交通局がこれに反対し、この申請案は陸運局の机上にいまなお審議されず放置されるに至った。
 同局では近く両者を招いて聴聞会を開き、認否いずれかを決める態度でのぞむことになったが、こうした矢先、こんどは市交通局が地元からの要望で市バス鉄北線の終点を750㍍先の北栄中学校前まで延長したいという申請を出し、これが石狩線の既得権を持つ中央バスの逆リンに触れてまたまた問題化、2つの路線をめぐって両者がこじれにこじれだした。
 先月末開かれた聴聞会でも両者一歩も譲らぬ意見の応酬があり、裁定に立つ陸運局をすっかり苦慮させている。

【札幌市】夜の定期観光バスをスタート!! (1957年7月)


札幌市交通局は本道で初めて、夜の札幌を一巡する定期観光バスを7月上旬からはじめる。藻岩山頂からの夜景や札幌郊外の温泉など3時間かけて巡る延長21㌔のコース。初秋まで毎日運行し、料金は大人300円、小人170円。
【運行コース】大通バスセンター(18:00発)〜時計台〜大通公園〜西11丁目通(石山通)〜南19条〜藻岩山ろく〜(ロープ・ウエー乗換え)〜藻岩山頂〜藻南温泉(休憩入浴)〜藻岩橋〜真駒内〜中の島〜幌平橋〜中島公園〜ススキノ〜札幌駅(21:00着)
※このバスは連日満員の人気で1日2便に増やしたほか、8月から大人向き酒つきのBコースも開始するほどの盛況ぶり

【定鉄】運賃値上げ (1957年7月18日)


定鉄バスは18日から運賃を値上げ。値上率は8分3厘。豊平〜定山渓間100円→110円など、ほぼ半数の区間が10円値上げとなる。

石狩線(生振経由)運行スタート!! (1957年8月13日)


中央バスは13日から石狩線(札幌〜生振南2号線経由〜石狩)を新設する。1日2往復で時刻は札幌発9:30 15:20、石狩発11:00 16:50。このほか13〜16日までお盆臨時バス(札幌〜生振南2号線〜生振観音)を運行する。時刻は札幌発8:10と生振観音発9:00の2本。

路線獲得合戦ハクネツ!! (1957年10月25日)


郊外へ膨張する札幌のすう勢に備え、中央バス、市交通局、定鉄などのバス路線獲得に向けた勢力合戦がとみに激しくなってきている。とくに最近の五島旋風の余波から定鉄バスの動きが活発化、来年新車30台を購入して市、中央バスの既設路線へ食い込む策を練っているといわれ、このほど札幌駅〜南6西11〜藻岩〜石切山〜豊羽鉱山間の新線を計画、市交通局も「11丁目線は市営バスのナワ張り」と防戦に必死になっている。
 これに対し、市営バスも東急電鉄のテコ入れで躍進しようとする定鉄バスをとくに警戒、こちらも来春新車30台を投入して市内既設路線の拡充、不採算路線とはいえ郊外進出も検討しており、地元から要望が出ている琴似への市電延長にも「桑園〜琴似道路を舗装してバス路線を強化する方が先決」との声も一部から上がっている。
 一方、中央バスも朝里温泉と積丹半島への定期観光バスと、空地方面の長距離バスを運行するプランをかためており、路線獲得へ向けたリーグ戦はかつてない激しさを増している。
★定鉄バスはこの年12月1日から選鉱場線(札幌駅前〜西11丁目線〜石山選鉱場)を開設し、西11丁目線に乗り入れ

冬ダイヤ改正による変更 (1957年11月1日)


1日から冬ダイヤに改正する。

【国鉄】札幌−下白石間を大増発!! (1957年12月1日)


国鉄バスは1日の冬ダイヤから長広線(札幌〜下白石間)を一挙に112往復に大増発、平日15分おきに1本という市内でも有数のバス路線にのしあがった。札幌市内で100往復以上の路線は中央バス月寒線、市バス琴似線ぐらいのものだが、かねてウワサされていた市バス乗込みに対する足固めをはかった形。
 札幌〜下白石間はこれまで国鉄バスが長沼、江別、恵庭方面あわせて1日77往復走らせていたが、ここ2、3年利用者が急激に増え、この春から秋にかけ途中停留所の「白石市街」「中白石」「上白石」では乗り残しが続発、地元の利用客からも増発を望む声が高まっていた。
 ところが、このイキサツを知った市交通局が「それではこの際…」と先月初め、国鉄と同じ路線を12往復走らせている白石線(大通り〜市営住宅前)をさらに博覧会までに増発するプランを練り始めたため、国鉄側は市バス進出を阻止するうえからも積極的な増強計画を立てざるをえなくなった。
 このため国鉄は、冬ダイヤから札幌営業所の保有車両も4両増やして57両となり、通勤用の札幌〜下白石間は白石市街折返しを含め30→65往復に倍増、長距離も入れると77→112往復に増発するサービスぶり。上白石〜中白石間の中間地点に「西白石」停留所を増設したほか、近い将来には札幌駅を通過しない上手稲〜下白石間の新路線も計画しているといい、市バス進出の気勢をくじこうと同線のサービスアップにチカラを入れている。

石狩街道工事による変更 (1957年12月9日)


石狩街道の花畔5線〜8線間工事のため、中央バスは9日から石狩、手稲両線のダイヤを次の通り大幅に変更した。復旧は明春の見込み。

国鉄バスと市営バスが激突 (1957年12月11日)


今月初めから実施された国鉄バスの札幌〜下白石間増発をめぐって、市営バスが「未認可で実施した」と国鉄バスと激しく衝突、これを受けて陸運局も調査に乗り出した。
 発端は国鉄バスが1日の冬ダイヤで、乗客の乗り残しが続発していた同線をこれまでの80往復程度から112往復に増発したことによるもの。これに対し、国鉄と全く同じ路線をもつ市交通局が「札幌陸運局からの認可もなしに勝手に実施した。あの路線は国鉄だけの独占路線ではないはず…」とカンカンに怒り出したもの。しかも交通局は先月末、国鉄とは別に同線の20往復増発(現在は9往復)を陸運局に申請した矢先で、この抜き打ち的なやり方には承服できないと真っ向から反対、一方の国鉄バスも「利用客の切実な要望から実施したもので、運輸大臣の認可を必要とする増発ではなく、路線事情改善のためにやった続行運行措置だ」とつっぱね、両者間のミゾを深めるにいたった。
 札幌陸運局でも「冬ダイヤで増発になったのだから、国鉄バスのいう続行運行措置と解釈できるかは調べてみなければならない。もしダイヤ編成表で増発になっていれば未申請、未認可でバスを走らせたことになり陸運行政上由々しきことだ」と十分調査する意向で、未認可増発の点でも問題があるのではないか―という疑いも持たれている。
 しかし、国鉄側の説明では「市営バスは以前、厚別線を運行していたが客が少ないといって廃線にし、その負担を全部国鉄にかぶせてきたという事情も十分考えてもらいたい」と逆に交通局をけん制、一方の市交通局側も「国鉄バスの使命を逸脱するような市内路線の充実には前から反対している。白石線は市内でもあり市営バスがもっと入ってもいいはずだ」と話しており、両者間のこれまでの問題がイッキに噴出した格好だ。

【定鉄】バスセンターを開放せよ (1957年12月21日)


市営バスが独占しているバスセンター(札幌市大通西1〜2丁目)に、ほかの民営バスも進出したい意向が出ているが、とくに東急経営さん下に入った定鉄バスは事業拡張を機に来春20〜30台増車、北4西4の路上駐車だけでは足りず、市交通局で使っている大通のバスセンターのうち一部を使わせてほしいと要望している。
 ところが市交通局は現在のバスセンターでは市営バスだけで手いっぱい、とてもほかの民営バスに貸すだけの余地はないとつっぱね、定鉄進出の出鼻をくじいてしまった。しかも、この夏の観光バスラッシュのころは大通西1テレビ塔下の駐車場から市バス以外の駐車をシャットアウト、その間、西2丁目の拡張整備は待合所の新設、安全地帯の増設など着々と進み、全国でも有数のバスターミナルにのしあがった。
 これとは対照的に定鉄、中央バスのターミナルは全くお粗末なもの。全市的なバス事業の発展から見ても再検討されなければならない問題を残しており、札幌陸運局でも2、3年前、札幌駅前に全業者を集めた総合ターミナルを作ろうと計画したこともあるが、業界の足並みがそろわずサタヤミとなった経験がある。
 定鉄では「あれだけ立派なバスセンターを市バスだけで独占するのはもう時代遅れだ。バス事業の発展を考えれば、札幌の中心であるバスセンターを全業界の総合ターミナルにするのが一番良いプランだと思う。来年は道博もあるので、この辺でバスセンターの共用化をぜひ検討してもらいたいものだ」と話している。

【定鉄】札幌市内バス拡張プラン (1957年12月25日)


全国的に勢力を持つ東急をバックに、このほど東急カラーに塗り変えた定鉄バスだが、かねて検討中だった新路線拡張計画をとりまとめ、25日この許可申請を札幌陸運局に提出した。
 同社の新路線計画によると、申請した免許㌔数は札幌市内だけで31.7㌔、営業㌔数にして129.3㌔と驚異的なもの。系統は市内線13、市外1で、現在12ある同社の系統の倍以上という増加ぶり。そのほとんどが市営、中央バスの既存路線に食い込んでおり、認可の賛否をめぐって業界にかなり波紋を巻き起こすものとみられている。
 定鉄当局では「新線は市営バスとの競合を極力避け、新しい道路を走ることになっているので将来の札幌の発展からいっても、ぜひ認可してもらい市民の期待に応えたい」と話しており、新春早々にも新車15台を増車、全申請が認可されれば現在の36台(うち13台は観光貸切用)から100台ぐらいに増車するプランだという。同社の路線系統別にみる新線計画は次の通り。

札幌市内はバス戦国時代 (1958年1月8日)


札幌のバス交通は市交通局の青バス時代から20年以上の歴史を持っているが、実際にバスが市民の足として定着するようになったのは戦後。まず昭和22年ごろから市営バスが次第に路線拡張をはじめ、次いで小樽に本拠をもつ中央バスの札幌郊外線、定鉄のバス事業開始、国鉄バスの誕生と次第にふくれあがり、いまでは人口47万の札幌市内は隣接する豊平町月寒、平岸地区をふくめて4業者がシノギを削る路線合戦を演ずるまでに成長した。
 各業者の保有台数は市営バス142台、中央(札幌支社)119台、国鉄(札幌営業所)44台、定鉄31台の合わせて336台。各社とも北海道博の始まる7月までにはさらに増車する見通しで、400台ラインはもう目のまえ。昨年9月“市民の足”として大正年間から親しまれてきた市電をはじめて赤字にさせるなど、市電がバスに主導権を渡す時期になってきたともいえる。
 しかし、こうしたバスブームで昭和30年ごろから各事業者のナワ張りがぶつかり合い、業界内部の"路線獲得合戦"に発展。まず中央バスの市内進出、市営バスの郊外伸張、そして昨年春には国鉄バスの市内路線拡充が市営バスを刺激、さらに"五島旋風"以来意気盛んな定鉄バスの市内線統合計画の打ち出しで争いはいま頂点に達している。
 また路線ばかりでなく、道博開催などによる観光バスの運行競争でことしの夏は4事業者にとっては関ヶ原。車両の大型化、さらにはトイレつきバスなど趣向とサービスを盛込んだ客寄せ合戦と業者間の競争もますます激しくなると予想され、こうしたバス事業の拡張、発展ぶりについて札幌陸運事務所でも「札幌のバス交通の発展ぶりは全国でもちょっと例がないほど。博覧会の前景気があるので、今後ますます派手にのびて忙しくなるでしょう」と暗に"バス戦国時代来る"の予想をほのめかしている。

【道南】札幌−登別温泉間を申請 (1958年4月12日)


道南バスは札幌〜室蘭間に続いて、札幌〜登別温泉間の定期バス運行をこのほど札幌陸運局に申請した。認可がおりれば今月中にも開設する。

夏ダイヤ改正による変更 (1958年5月12日)


中央バス当別営業所では12日から同管内全線の夏ダイヤに改正する。

札幌神社祭りに臨時便 (1958年6月15日)


中央バスは札幌神社祭典中(14〜16日)の15、16両日、近郊路線で次の臨時便を運行する。なお石狩、千歳線は午前中乗客数に応じて増発される予定。

札幌駅前広場にバス乗入れ (1958年7月5日)


札幌駅の改良、拡張工事にともない新設された駅前広場のバスホーム乗入れをめぐり市内バス業者が対立、競合していた問題で、札鉄では中央バス1台、定鉄バス2台、市営バス3台の割で乗入れを決め、5日から使用させることになった。各社とも次の系統を駅前ホームから発着させる。

【札幌市】篠路地区延長を審議 (1958年7月9日)


札幌市議会公営企業委員会は9日、市バス路線の請願、陳情4件を審議、このうち採択されたのは篠路地区の住民から出された丘珠線の終点を篠路街道まで約2㌔延長してほしいというもの。同線は中央バスとの競合問題が絡むもので、近く札幌陸運局の関係者を招き、委員会として実情を聞くことになった。
 このほか、北光線のうち美香保公園通行きを東へ3丁右折延長してほしいという請願は不採択、豊平町周辺地域の環状路線新設の請願と東札幌線を南3条通経由から南2条通に経路変更してスピード・アップしてほしいという陳情はいずれも継続審議とし、次回の委員会で現地視察のうえ結論を出す。

札幌−登別温泉線をスタート!! (1958年7月10日)


中央バスは10日から札幌〜登別温泉間に急行バスを1日3往復運行する。ダイヤは札幌発8:00 10:00 13:30、登別温泉発9:00 13:00 16:00。所要時間は3時間。同区間は道南バスが今年4月から定期バスを開始しようと札幌陸運局に申請していたが、中央バスとの調整から運行が延び延びになっていた。

空沼岳登山口まで延長 (1958年7月12日)


常盤線(札幌〜空沼二股)を7月12日〜9月末日まで空沼岳登山口まで延長運行する。7〜8月は毎日、9月は土日のみ運行する。ダイヤは札幌発7:00 13:00 17:10、登山口発8:30 13:30 18:40。片道1時間20分。

時計台バス停 廃止要請 (1958年8月17日)


札幌中心部の時計台前(北1西3交差点)の混雑緩和をはかるため、道警は中央、国鉄バスなどの停留所を廃止、車の流れをスムーズにするよう呼びかけている。
 この交差点は市内で一、二を争うほど交通量が多く、しかも市、中央、国鉄、夕張バスの停留所があるため、朝夕のラッシュ時などは大混雑となり、これを緩和するため市交通局は7月1日から同交差点の停留所を廃止した。ところが、市バス停留所がなくなっても他社の停留所があるため、いまだに混雑はまぬがれず、このほど道警が中央、国鉄などの停留所もこのさい廃止、交通事故防止と車の流れをスピーディーにしようと呼びかけた。
 これに対し国鉄バス側では、はっきりした反対はしないようだが、中央バスは簡単に受け入れるハラは見せていない。同社は駅前にターミナルがあるが、都心部の停留所が少ないだけに、ここを廃止すると客の吸収率が悪くなり、簡単には手放せない実情にある。仮に廃止するとしても付近に適当な代替の停留所が必要になるわけだが、最適の大通バスセンターは市交通局が独占、他社の乗入れには絶対反対している事情から見通しは暗い。

雁来橋補修による路線変更 (1958年8月22日)


札幌市内の豊平川にかかる雁来橋の補修工事により、22日から工期中は札幌〜雁来・江別線、札当線(札幌〜当別)、札新線(札幌〜元江別・新篠津)の各線は同橋徒歩連絡となる。なお奔別線(札幌〜奔別)、栗山線(札幌〜江別〜栗山)は白石国道回りに経路変更する。

【定鉄】新路線を4本申請 (1958年10月24日)


東急のテコ入れ以来、事業拡張に力を入れている定鉄バスだが、同社はここ1〜2週間の間に札幌陸運局へ札幌市内の新路線4系統を申請、この動きをいち早く知った市内のバス業界を緊張させている。
 この申請案は十五島線、機械場線(厚別ノ滝)の2本を除くほかは白石、厚別、美園方面に延ばした路線で、いずれも中央、国鉄、市営などの営業エリアに食い込んだもの。
 これに対し、昨年の苦い経験もある中央バスは博覧会景気の余勢をかって、来春から札幌の事業を広げようと新路線の選定を急いでおり、ここ数日中に札幌陸運局へ申請を出すものとみられている。

東急の中央バス乗っ取り問題 (1958年10月27日)


昨年から定山渓鉄道、函館バスを手中に収めた東京急行コンツェルンは、この夏あたりから中央バスに着目、経営食い込みを策している。8月中旬に140円台を上下していた中央バスの株価がここにきて急騰、今は200円をこえている。中央バス側の調査の結果、その裏に東急の動きがあることを確かめ防戦に乗り出した。同社の株式360万株のうち、すでに40万株が東急系に移っているというのが会社側の見方。28日に小樽、29日札幌に大株主を招いて事情を説明、協力を要請する一方、労組とも話し合って東急に当ろうとしている。

冬ダイヤによる変更 (1958年11月15日)


中央バスは15日から新ダイヤに切り替える。

運賃改定による変更 (1958年12月10日)


中央バスは10日から新運賃に切り替える。㌔当りの基本料金は3円30銭→4円15銭に26%アップ、厚田村内からの運賃は雪国割増しが35%→15%増に下がり、山間辺地割増しも現行30%増を嶺泊〜厚田間に10%増がつく以外は廃止されるため、逆に値下げとなる。また定鉄バス、国鉄バスも同日から値上げするが、札幌市営バスは全国の公営企業交通に歩調をあわせ、今回は値上げしない。おもな中央バスの新料金は次の通り。

【国鉄】登満別線を仮スタート!! (1958年12月22日)


国鉄バスはこのほど仮免許が下りた登満別線(札幌〜登満別経由〜江別)を22日から臨時運行する。ルートは札幌駅〜厚別小野幌〜野幌原始林〜瑞穂池前〜広島街道〜西野幌〜江別駅に至り、さらに江別駅から市立病院前〜対雁市営住宅前まで延長される。札幌〜対雁間5往復(うち登満別経由2往復)、札幌〜江別間のうち登満別経由1往復。
 このうち江別駅〜対雁市営住宅前は当初、江別駅〜公園通〜対雁市営住宅(折返し)〜町村牧場入口〜市立江別総合病院前〜国道〜江別駅前に至るコースと、公園通のはずれにある石狩大橋から美原の火力社宅街に至る折返しコースを計画したが、公園通、雁来街道、美原社宅などのうち、公園通の路線は中央バスが昨年確保したばかりで、中央バスと全く競合しない江別駅〜市立江別病院〜町村牧場入口〜墓地〜対雁市営住宅に至る路線に落ち着いた。これで江別駅から石狩大橋付近に抜けるバス路線は中央バスの会社通、公園通経由と合わせ3本になる。
(※この臨時運行は年末年始だけで、翌年5月から本運行がスタートした)

常盤線が降雪により不通 (1959年1月4日)


中央バス常盤線(札幌〜空沼二股)3往復のうち、常盤小学校〜終点間約1㌔が降雪のため4日から不通になった。除雪車が入れないため、いまのところ復旧日時はハッキリしない。
 また中央バス厚田線も降雪と吹き溜まりのためストップしてしまい、7日から石狩〜厚田間(約22㌔)に冬季恒例の客馬ソリが走り始めた。厚田発は午前8時ごろ、石狩発は正午ごろたち、所要時間は約3時間半、片道300円。近く雪道がすっかり固まったら2往復(厚田発7時 8時、石狩発11時 12時)に増やすという。

丸駒地区にキャンプ場 (1959年1月8日)


中央バスはこのほど千歳市の支笏湖丸駒地区に、キャンプ場を設置することを市を通じて厚生省へ請願した。市が支笏湖の観光開発をめざして市外の新資本導入を要望していた第1号となる。
 請願では丸駒地区(苫小牧営林署管内)に2,000万円を投じて敷地9万3,000平方㍍のキャンプ場を設け、今年度から営業したいというもの。使用期間は毎年6/1〜10/30まで。ことしは7/1から始める予定で進められ、今年度から3年間で木造2階建てのセントラル・ロッジ(561平方㍍)、同じく小型のセントラル・ロッジ(85.8平方㍍)各1むねと管理小屋1むね(33平方㍍)、Aケビン10むね(33平方㍍)、Bケビン10むね(13.2平方㍍)などを建設。付属施設として野外炊事場、洗場各2ヵ所、ファイヤサークル3ヵ所、野外卓10ヵ所、ベンチ20ヵ所、案内板、指導標10ヵ所の設置も計画されている。
 ポロピナイ地区にはことしから市営ポロピナイ・キャンプ場の建設もはじまり、これで支笏湖の観光開発も大きく進むものとみられている。

青山街道にバス待避所を (1959年1月10日)


中央バス当別営業所はこのところの積雪のため、厚田線の望来〜厚田間、青山線の青山中央〜青山ダム間、月形線の新篠津第一〜月形間、東裏線の32線〜美原間などを運休、ほかの路線もヨタヨタ運行といったところだが、これによって同営業所のブルドーザー2台はこの2、3日フル稼働、それでもブルが足りず当別町青山街道などは1車線あけるだけでも精一杯で、よほどよい天候でも続かない限り、なかなかバスの退避場まで手が伸ばせないという。
 同街道はこれから馬ソリの運行も増え始め、2月に入ると冬山の木材運搬などのため、10台も15台も並んで木材を引いてくる“バチ”の群れも頻繁に通り、ただでさえ遅れるバスがますます遅れるという結果となり、しかも馬の場合は交差するときに跳ねたり動き回ったりすることもよくあるため、退避場の十分な設置が大いに望まれている。

千歳線のサービス・アップを (1959年1月28日)


中央バス千歳線(札幌〜千歳)の利用客が年々増加しているが、これとともに利用客からはスピード・アップなどの要望が出ている。
 同線の利用者は広島村大曲付近に住宅街ができたこともあり、先月は一般乗降客13万6700人、通勤利用者を含めるとざっと15万人。前年より5〜7%アップしており、国鉄千歳線の利用客を大幅に食い込んでいる。
 これとともに利用客からサービス改善の声が高まっており、札幌〜千歳間(40㌔)は停留所が多いこともあって所要時間は1時間24分かかるが、昨年秋の交通法規改正でバスの制限速度が40㌔から50㌔にアップされたので、これを1時間程度にスピード・アップしてほしいという要望が多い。また所要時間が長いため、小樽線(札幌〜小樽)には認められている車内喫煙を千歳線でも認められないものか―という声も出ている。
 これに対し、同社千歳営業所では「スピード・アップは4月から実施したいが安全運転というタテマエがあるので、せいぜい4分程度の短縮ではないかと思う。喫煙については千歳線は乗客が多く、逆に婦人や子どもから苦情も出るので認める方針はないが、乗客が少ない場合はあまりうるさくいわないようにするもり」と答えている。

夏ダイヤ改正による変更 (1959年5月1日)


月寒、常盤、栗山線をのぞく14系統で1日から夏ダイヤを実施、2系統を新設する。

月寒−栄町線をスタート!! (1959年夏)


この夏から栄町線に月寒〜五番館前〜栄町更生の新系統を設ける。1日50往復。朝のラッシュ時は10分間隔、日中は15〜20分間隔の運行。

バスターミナル建設ラッシュ!! (1959年10月31日)


札幌の各バス会社では来春から郊外にバスターミナルを建設するプランが続々もちあがっている。
 現在市内にある大きなバスターミナルは市営大通バスセンター、国鉄の駅前ターミナル程度だが、ことし定鉄バスが澄川に営業所を開設したのをキッカケに、国鉄バスもことし誕生したベッドタウン・厚別町ひばりが丘団地の入口に、50〜60台収容できる車庫を併設したバスセンターを来春建設するプランを描いているほか、市営バスも3ヶ年計画で白石町本通りの国道脇に営業所兼用のバスターミナルを建てる構想があり、完成すれば郊外へ伸びるバス輸送に対応した効果的な輸送ダイヤを組めるという。
 また市交通局では、これまで琴似にしかなかった車両整備工場を鉄北車庫に併設する改造工事も進めており、来春には懸案の大通バスセンター拡張プランもできあがる見通し。
 これらの動きをにらみ、中央バスも現在のターミナル(北4西4)を約2倍に拡張し、元労働会館跡地に定期路線の発着場を集約、増設する計画を練っており、各社とも膨張する札幌の拠点づくりにシノギを削っている。

市営中の島線増発問題 (1959年12月1日)


中央、市営、定鉄の3バス業者競合路線になっている市営バスの中の島線増発に対し、陸運局はこのほど中央・定鉄の運行回数とにらみあわせて不適当とした。
 現在、定鉄真駒内線は市営と同じルートで18往復、1日から2往復増やす計画。中央バス真駒内線は20往復でダイヤ改正後も現状通り。この路線はもともと定鉄バスの領域で、市営バスはその制約を受けなければならない。さらに中央バスがルート変更したいという申請に市営バスが反対するなど問題がこじれている。

千歳ターミナルがOPEN!! (1959年12月8日)


千歳営業所の新ターミナル落成式が8日午前11時半から現地2階で開かれ、松川同バス社長、米田千歳市長、吉田市会議議長らがあいさつや祝辞を述べ、にぎやかにターミナル開きを祝った。新ターミナルは木造タイル張り2階建380平方㍍。待合室、事務室、会議室などを備えバス利用者の便をはかる。

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