中央バス最新NEWS

小樽管内 70年代

1970(昭和45)年〜1979(昭和54)年

夏ダイヤ改正による変更 (1970年5月1日)


1日から夏ダイヤに改正する。

中央・ニセコバス運賃アップ (1970年7月1日)


中央バスの小樽市内とニセコバスで1日から運賃値上げを行う。

古平町が中央バスに要望 (1970年7月31日)


町民の意見をバスの運行に生かそうと、古平町と中央バスの話し合いが31日、町役場で行われ、町側からは伊藤町長や漁協、商工会、各種婦人団体、学校関係者らが出席、中央バスからは淵上小樽地方営業部長らが出席した。
 席上、町側から次の要望が出たのに対し、中央バス側は「実現のために努力する」と回答した。
①他線への接続を考えてダイヤを編成してほしい
②神恵内〜古平間の国道229号線は大半が整備されているが、積丹観光の発展のためにぜひ夏季だけでもバスを運行してほしい(※この要望は近隣町村からも強く出ている)
③ワンマン化などでコストダウンを図り、これによって本数を増やしてほしい
④余市駅前の停留所に屋根を設置してほしい

札樽線 運賃改定 (1970年10月1日)


札幌市内のバス料金アップにより、1日から小樽〜札幌間のバス料金が値上げとなる。
 現在札樽間のバスは中央28往復、国鉄73往復しているが、料金は列車より10円安い130円。1日からの新料金は小樽から札幌まで150円、琴似まで140円。銭函、手稲までは従来通り。
 札樽間は1966年に10円アップして以来4年ぶり約15%の値上げとなるが、アップに伴うサービス面の改善は特に考慮されていない。

落石による交通制限 (1970年10月2日)


国道229号線の岩内町雷電海岸の親子別付近で落石の危険があるため、同区間は7日まで午後6時〜午前7時まで通行止めになっているが、ハッパ作業のため2日午後5時〜3日正午までは全面ストップする。このため中央バスは両日、岩内〜寿都間のバスダイヤを次のように変更する。

小樽市内バス停の統廃合 (1970年10月19日)


小樽市内の幹線道路“国道5号線”の慢性的な交通渋滞やCO(一酸化炭素)汚染による公害問題は市民の悩みのタネ、これを解消しようと小樽署はバス停留所の統廃合を検討している。
 同署の調べでは、国道5号線の桜町2の1〜オタモイ1の6間(約8.5㌔)にあるバス停は68か所にのぼり、中央、国鉄バスの郊外線、市内線のバス停が道路の両側に、ほぼ100㍍間隔で並んでいる。とくに奥沢十字街からオタモイまでの車道幅員11㍍の区間はバスが停車する際、一般車両のスムーズな流れに大きな障害となっている。
 こうした交通渋滞は、とりもなおさずCO汚染の原因になっているとの立場から、同署は渋滞緩和、公害防止をネラってバス停の統廃合を検討し始めた。問題点の根本解決は道路拡幅以外にないが、5号線の奥沢〜オタモイ間は停留所を歩道に切り込ませる道路改良も必要だとして、道開発局にも協力を求める構え。
 こうしたことから市内の交通問題について協議する道路交通連絡会議が19日午後、市、開建、土現、小樽署などから代表25人が出席して同署会議室で開かれ、5号線の車両渋滞緩和策が明らかにされた。なかでもバス停の統廃合は東小樽2、住吉神社前2、産業会館〜駅前間4の合計8か所を4か所に統合、中央バス保線区前を廃止するほか中央バス4、国鉄バス1か所を移設する。実施は11月1日のダイヤ改正から。

冬ダイヤ改正による変更 (1970年11月1日)


1日から冬ダイヤに改正する。

積丹線の冬期不通問題 (1970年12月8日)


道道神恵内−入舸−古平線の小樽茶屋〜幌武意間は、積丹半島でも有名な豪雪と吹雪の難所。12月末から4月初旬の積雪期は一切の交通がストップ、幌武意から美国市街に出るには野塚回りのコースを約13㌔も迂回しなければならない。中央バスもこの区間が不通になる冬期間、積丹線(美国〜余別)の3往復はいったん野塚から幌武意まで入って折り返しており、所要時間のロスは30分あまり。過疎化の促進に加え、昨シーズン表積丹にオープンしたチニカ山荘が経営するチニカスキー場など冬の積丹観光開発にもネックになっている。
 このため小樽土現は町や住民から強い要請もあり、これまで民間に委託していた小樽茶屋〜幌武意〜野塚間の除雪を行うことを決め、新車のロータリー車1台と民間からブル、ショベルローダー各1台を借り上げ、通年開通の実現を目指して除雪体制を整えている。

若竹町バス停を移設 (1970年12月21日)


小樽市内を貫く道道臨港線の一部(市道開運線−若竹間約1㌔)は先月1日に開通したが、国道入口付近の渋滞がネックになっているため、21日(月)から国道にある中央バスの「若竹町」バス停を若干移設してクルマの流れをよくする。市内方向の上り線は約200㍍移動して開建そばに移し、札幌方向の下り線は臨港線入口方向に約50㍍ずらす。

忍路にバス待合所建設 (1971年2月)


国道5号線の海岸沿いにある中央バスの「忍路」バス停付近は交通事故も多いことから昨年11月、海側に1.5㍍張り出して歩道を新設した。これに伴いバス停も小樽寄りに約100㍍移設したが、それまであった待合所は建てる場所がないため取り壊された。
 このため、バスを待つ人たちは潮風が吹きっさらしの中で待つハメになり、小樽市交通安全対策事務局長らが仲にはいって努力した結果、中央バスが待合所を新設することになった。
 待合所は歩道上に建てるわけにはいかないので、歩道から海側に鉄骨を張り出してつくる。幅4.5㍍、奥行き1.1㍍で20人は収容できる広さ。2月中旬には完成するという。

廃バス利用の待合所 (1971年3月21日)


国道5号線塩谷町の中央バス「寅吉沢」バス停前に廃物のマイクロバスを利用した待合所が市民の目を引いている。一昨年、古くなった待合所がこわれ、雪や雨を避けるために寅 吉部落会(黒田昌治会長、13戸)が代わりに考え付いたのがコレ。
 ポンコツを1万円で買いボデーだけを置いているが、通勤、通学のほか買い物などにバスを利用する人たちからは「窓が広いのでバスが来たかどうかよくわかる」「季節の話、仕事の話がバスを待つ間につい花が咲く」「モダンで便利だ」などと評判がよいそうで、ことしから内部にミカン箱の“座席”も置かれた。

大成線の廃止問題 (1971年4月12日)


黒松内町議会過疎バス対策特別委はこのほど公民館で開かれ、今月末で廃止申し入れのあった中央バス大成線(寿都営業所〜大成郵便局前)について、今年度はとりあえず100万円を赤字補填分として負担することで運行継続をバス会社側と交渉することになった。
 この路線は1968年11月に経営難の寿都鉄道バスから中央バスに引き継がれ、朝夕2往復しているが、沿線の過疎化で年間180万円もの赤字になっており、中央バスから4月いっぱいで同路線の黒松内駅〜豊幌〜大成郵便局間(15.5㌔)を廃止したいと町に申し入れがあった。
 同委員会では今後も会社側に負担金を払って運行継続を依頼するか、過疎バスの自主運行に切り替えるか、ことし中に結論を出す。

夏ダイヤ改正による変更 (1971年5月1日)


1日から夏ダイヤに改正する。

バス停標識に副呼称 (1971年6月5日)


昨年からことしにかけ、小樽市内では中央バスの停留所標識に“副呼称”のついた停留所が50ヶ所ばかり出現している。
 たとえば「洗心橋」と書いてある下に「××歯科前」と2つの呼称が書かれており、利用者からは「どちらが本当の名称か」との声も出ている。
 同バス小樽駅前営業所の説明によると「停留所標識は年に1回塗り替えたり、新しいのと取り替えなくちゃならないんですが、1基7000円余りするため、××店前、○○病院前という副呼称をつけ、宣伝料をもらってこれらの費用にあてているわけなんです。小樽市内ばかりでなく、ウチの路線は全道的に採用しています。これでもうけようなんて気はありませんから念のため」といっている。

【真狩村】村営バスをスタート!! (1971年6月10日)


赤字のためことし4月いっぱいで国鉄バスが真狩〜豊浦間の運行を休止したことから、真狩村は10日から沿線農家と市街地の中学校、高校に通う生徒の足を確保するため、真狩〜川崎土場、真狩〜泉間に村営バスを運行開始する。
 このバスは“過疎バス”と呼ばれ、5月末に陸運事務所の許可も下り、村では26人乗りのマイクロバスを170万円で購入。村営のため運転手は職員、車掌のいないワンマンカーとなる。
 両区間とも1日2往復し、バス券は5円、10円、20円、30円、40円、50円の6種類発売され、定期券は割り引きもある。
 ※7/1から通学生の時間帯に合わせ午前中のダイヤを変更。真狩6:40発→川崎土場、川崎7:10発→真狩、真狩7:40発→泉、泉7:50発→真狩となった。

車内放送にも“副呼称”登場 (1971年10月)


小樽市内の中央バス停留所標識に昨年から“副呼称”のついた停留所がお目見えしたが、こんどはスピーカーから『次は小樽駅前、××商店前』と、停留所の次に必ず商店の名前が流れる車内放送を今月から市内を走る中央バス路線で始めた。
 そもそもこの“副呼称制度”は東京で始まったもので、本州方面ではかなりのバス会社が採用している。『むこう(本州のこと)のバスは、車が走っているのか、看板が走っているのかわかならいくらいだ。副呼称による収入は年間200万円にも満たないほどだが、こうした副収入に手をつけるのはどんなことでもやらねばならないほど経営が苦しいということだ。札幌市内のバスでももう始めたはずですよ』と服部営業部長は話している。

冬ダイヤ改正による変更 (1971年12月5日)


中央バス小樽地方営業部管内は5日から冬ダイヤに切り替わる。札樽バイパス(札幌市宮の沢〜小樽市潮見台間24.3㌔)が4日午後3時から開通するため、同社は翌5日からバイパス経由の特急バス(札幌〜岩内)をスタートする。なお札樽間急行バスについては途中停留所の乗降客が多いことと、1回の通行料が400円かかり10円値上げしても赤字になるためバイパス経由は見送った。

積丹開発に本腰 (1972年1月4日)


中央バスはことし積丹半島や南後志方面の観光開発に乗り出し、積丹半島に廃車となったバスを改造した宿泊施設を作るプラン。積丹半島の入舸、余別、草内の3ヶ所に約30台を置き、カニ族や釣り客が宿泊できるようにする。すでに1台約15万円をかけて改造を進めており、シーズン入りまでに完備する。
 このほか沼前には約9900平方㍍の土地を確保、将来観光施設をつくる計画や、ほぼ整備の終わった古平〜神恵内を結ぶ国道六志内線に観光バスを走らせるプランも立てている。
 同社はこれまで観光開発には消極的だったが、バスの地方路線の過疎化で収益が低下、“足”を生かした関連産業への進出が不可欠となり、昨年社内に“企画室”を設けて観光事業のプランづくりをしてきた。同社の杉江社長は「はっきりした場所はいえないが、南後志にも大々的な投資をする」と意欲的な姿勢をみせている。

運賃アップによる変更 (1972年2月15日)


中央バスは15日から運賃を27%値上げする。ただし小樽市内は70年7月に15円均一から20円均一に引き上げられているため、1年間は現行料金を据え置いて値上げを実施する。これにより小樽〜朝里川温泉間は40円→50円、美国営業所〜小樽茶屋間は50円→60円にアップ。小樽市内は1年経過後、現行20円から30円均一となる。

夏ダイヤ改正による変更 (1972年5月1日)


1日から夏ダイヤに改正する。

冬ダイヤ改正による変更 (1972年11月21日)


21日から冬ダイヤに改正する。

ニセコアンヌプリスキー場OPEN!! (1972年12月27日)


中央バス初の観光開発事業としてニセコアンヌプリ南斜面に造成していた「ニセコアンヌプリスキー場」がこのほど完成、27日待望のオープンを迎える。同スキー場はリフト3基(計2.2㌔)、130人収容のロッジ、駐車場、夜間照明を備えた延べ約105万平方㍍のスキー場。同社が約5億円を投じ、この夏から建設していた。
 同社ではスキーヤーの便をはかるため、オープンの27日から札幌〜ニセコアンヌプリスキー場間に座席指定・予約制の直行バス「ジャンボアンヌプリ号」を運行する。1日1往復で、札幌ターミナル発は午前8時、アンヌプリスキー場発は16時、所要時間は約2時間半。1月末までは毎日運行するが2月〜5月5日は土日・祝日だけになる。料金はリフト券3枚付きで大人片道550円、往復1,100円。これに伴って、昨年まで運行していた札幌〜ニセコ高原比羅夫スキー場間の直行バスは今シーズンから廃止となる。

小樽市内線の運賃アップ (1973年3月1日)


1日から小樽市内で運賃を値上げする。

夏ダイヤ改正による変更 (1973年5月1日)


1日から夏ダイヤに改正する。

冬ダイヤ改正による変更 (1973年12月1日)


1日から冬ダイヤに改正する。

小樽駅前第一ビルが完成!! (1973年12月24日)


建設省の都市開発法指定第1号となる小樽駅前再開発事業に伴い、昨年8月から建設していた駅前第一ビル(ビジネス関連ビル)が24日午後1時からオープンする。テナントには中央バスの営業所、飲食店、病院などが入り、従来の古くさびついたイメージから近代都市への脱皮をはかる小樽の玄関口がようやく面目一新される。
 ビルは鉄筋一部鉄骨造り地下1階地上9階建て、延べ13,573平方㍍。敷地面積は2,757平方㍍。総工費はザッと12億円という濃いベージュ色のデラックスな建物。このうち中央バスの小樽駅前営業所は1階北側850平方㍍を占め、490平方㍍が待合室、窓口はこれまでの2倍以上に広がる。
 地下1階はラーメン、すし、そば、焼き鳥など“味の名店街”、1階は中央バスのほか土産物店など駅前関連企業や一時預かり所、喫茶店、2階はヤマハショールーム、パーラー、スポーツ店、3〜4階は歯科医、生命保険、書道塾、会社事務所などのビジネス街、5〜9階は権利移転者などの改良住宅(50戸)となり、住宅部分の完成は来年3月末になる見込み。
 地元書籍業界の反対で、札幌の大手書店「富貴堂」の入居が保留になっていた2階の3フロアには、紀伊国屋書店(東京)が入居の意向を示しており、オープンは来年2月初めになる予定。また南側の地下1階〜地上4階には野口病院が入り、屋上にはネオンの広告塔も設けられる計画。
 国道を挟んだ向い側には、75年春オープンを目指して第二ビル(長崎屋)の建設が現在急ピッチで進められおり、来年6月から着工するホテル・レジャーセンター関連の第三ビルとあわせ、ビル管理はこのほど発足した小樽駅前ビル株式会社が請け負う。ちなみに一ビルと二ビル間に地下道を建設する“地下街”構想もあったが、建設省の許可が得られず空手形に終わっている。
 これに伴い同日から中央バスの小樽駅前営業所も第一ビル内に移転するが、バス発着場所、運行経路が次のように変わる。

運賃アップによる変更 (1974年5月1日)


中央バスは1日から運賃を約22.6%値上げする。それに伴い競合路線を持つニセコ、道南バスも調整値上げされる。

夏ダイヤ改正による変更 (1974年6月1日)


1日から夏ダイヤを実施。札幌〜倶知安間の直通便は廃止、また小樽〜ニセコ線に国道5号線経由を新設する。

冬ダイヤ改正による変更 (1974年12月1日)


1日から冬ダイヤに改正する。

小樽市内線の運賃アップ (1975年5月1日)


小樽市内線の均一運賃は暫定運賃期間が終了するため、1日から現行40円→50円にアップする。改定するのは本線(新光、柾里、桜町、若松、高島)と奥沢、山手、最上、長橋、オタモイ、梅源、赤岩の各線。祝津線、朝里川温泉線のうち市内均一区間以遠についても初乗り運賃が30円から40円に引きあがる。

小樽駅前のバス停復活を (1975年11月)


小樽駅前第一、第二ビルの建設工事や国道5号線の拡幅工事の都合で、中央バス山手線(本局前〜松ヶ枝町〜本局前)の「小樽駅前」停留所が廃止されて久しいが、同線を利用する入船、松ヶ枝、緑地区の住民からは不満の声が出ている。
 この路線は駅前の工事を機に、従来の小樽駅前経由を改め産業会館前経由に路線を変更したが、札幌へ向かう通勤、通学客などは「産業会館前」で下車して駅まで歩かねばならず、一刻を争う朝のラッシュ時はかなり忙しい思いをしており、国道拡幅工事が終わったのを機に駅前バス停を復活してほしい―というもの。
 これに対し中央バスは「国道の交通量が増大していることから、従来の駅前経由では駅前から中央通りへの右折、また国道から富岡橋への右折に時間がかかって交通渋滞をきたすため、工事が終了しても従来の路線は復活させない」と言っている。

冬ダイヤ改正による変更 (1975年12月1日)


1日から冬ダイヤに改正する。

運賃アップによる変更 (1975年12月20日)


中央バスは20日から路線運賃を平均36.5%値上げするが、値上げ幅が大きいため来年3月31日までは値上げ幅を低く抑えた“暫定料金”が設けられる。これに伴い競合区間を持つ国鉄、ニセコ、道南バスの運賃も調整値上げされる。

ニセコバス運賃アップ (1976年1月15日)


中央バスの値上げに続き、系列会社のニセコバスが申請していた運賃改定が運輸省からほぼ申請通り認可、15日から実施する。同社の値上げは73年12月以来2年ぶりとなり、競合路線を持つ道南バスも倶知安〜比羅夫スキー場間が150円→200円になるなど競合区間は同調値上げされる。

小樽市内定期観光 9年ぶり再開 (1976年6月5日)


中央バスは6月5日〜9月26日まで、小樽市内に定期観光バスを9年ぶりに走らせる。市内定期観光は1967年まで同社が運行していたが、利用が伸びず自然消滅させた苦い経験がある。しかし名所・史跡の多い20万都市・小樽に観光バスがないのはおかしい―という声を受け、市や小樽商工会議所などで作る“小樽観光開発協議会”が中央バスなどに働きかけた結果、同社と市内ハイヤー会社のこだま交通の2社が名乗りをあげ、「採算は取れないが、やる以上は努力する」と運行再開に踏み切ることになった。
 バスは観光客の多い6〜9月の夏季限定となり、6、9月は土日祝、7〜8月は毎日運行。料金は大人850円、小人450円。小樽駅前を午前9時と午後1時半(6、9月は土曜のみ)に出発し、祝津のマリンパークや鉄道記念館など小樽の名所旧跡を3時間かけて周る延長25㌔のコース。祝津の水族館を見学する場合は時間がかかるため、帰路は路線バスが利用できる。

トーマル峠に直行バス (1976年7月21日)


中央バスはことしから積丹半島の通称「トーマル峠」に夏の間だけ路線バスを運行する。夏の観光客がターゲット。中央バス美国営業所(積丹町)から国道229号線のトーマル峠を越え、神恵内村赤石までの45.3㌔。途中トーマル峠など9ヶ所に停車し美国〜赤石間を1時間5分で結ぶ。初年度の今年はとりあえず7/21〜8/31まで3往復する。料金は片道大人500円、小人250円。

梅源線を新スタート!! (1976年10月1日)


昨年から冬期間のバス運休問題で住民ともめていた小樽市内の[10]梅源線(小樽駅前〜手宮ターミナル間4.8㌔)は、1日から新体制で運行をはじめる。同線の桜陽高校下〜中野植物園間(800㍍)は道幅が狭いうえ急カーブが連続、とくに冬場は雪でタイヤがスリップして危険なため、中央バスは同区間の冬期間運休を陸運局に申請した。ところが足を奪われる沿線住民らが猛反発、市が間に入って道路整備を条件に通年運行することでようやく決着した。
 この結果、現行の小樽駅前〜手宮ターミナルは平日65往復→26往復に減り、代わりに本局前〜桜陽高校下、本局前〜中野植物園の折り返し2コースが新設され計3コースとなる。

冬ダイヤ改正による変更 (1976年12月1日)


1日から冬ダイヤに改正する。

古平役場前を移転 (1977年4月1日)


中央バスの古平役場前停留所(積丹方面行き)が1日から新地方向へ7、80㍍ほど移動する。
このバス停は余市方面ゆきが役場東側の法務局古平出張所向い、積丹方面行きが役場庁舎のT字路交差点を右折して25、6㍍ほど行った先にあるが、交差点に近すぎて交通のジャマになるというのがそのおもな移転理由。
 だがこの停留所、移転は今回が2度目。最初は余市方面行きと同じ法務局出張所前にあったが、バスが双方に停車すると狭い道路をふさぐ格好となり、交通の障害になるからと10年以上前、現在地に移設された経緯がある。
 しかし新停留所は日本海に面した場所にあって潮風をまともに受けるうえ、本来の“役場前”からはさらに遠のくことになり、利用者からは「できればこのままにして」―との声も出ている。

冬ダイヤ改正による変更 (1977年12月1日)


1日から冬ダイヤに改正する。

中央バス9路線をニセコバスへ (1978年4月1日)


中央バスは経営合理化のため、1日から寿都営業所管内の全路線を系列会社のニセコバスに移譲する。これにあわせて中央バス寿都営業所もニセコバスに全面移譲されるが、移譲路線のうち寿都、雷電両線は車両繰りなどの関係で一部中央バスが運行する。運賃、ダイヤ、便数などに当面変更はなく定期券など各乗車券もそのまま利用できるが、回数券は5月以降ニセコバスでは使えなくなるため、払い戻しかニセコバス乗車券との引き換えが必要になる。移譲路線は次の9路線。

夏ダイヤ改正による変更 (1978年5月1日)


1日から夏ダイヤに改正する。

小樽駅前ターミナルに上屋 (1978年6月20日)


中央バスが4月下旬から建設していた小樽駅前ターミナルの上屋が完成、20日午後から利用が開始される。同ターミナルは駅前広場が完成した74年11月に開業。駅前用地1,100平方㍍を借り、6つのプラットホームから9系統が発着しているが、これまでホームは吹きさらしで利用客から雨や日照りをしのげる上屋の要望が高まっていた。
 そこで同社は長さ52.5㍍、幅9㍍、高さ4㍍の鉄骨製の上屋をホームに被せ、乗り場が一目でわかるよう天井には各路線の看板を掲げたほか、ホームもゲートごとに拡大して乗りやすくするなど駅のホーム並みの立派なものに一新、建設中はホームに隣接した仮乗降場を使用していたバスも同日午後から新ターミナル発車となる。
 これを祝って20日、同社や市、国鉄など関係者20人余りが出席して落成式が開かれ、ホームでテープカットが行われた。

小樽・定山渓線 23年ぶり再開 (1978年7月1日)


中央バスは1日から小樽・定山渓線(小樽駅前〜朝里峠〜定山渓温泉間、40.6㌔)を運行開始する。1日2往復、料金は片道460円。期間は9月30日までの3ヶ月間で、9月は土日祝のみ運行する。小樽〜定山渓間のバスは同社が1954年10月から2年ほど運行していたが、このたび23年ぶりに復活する。

円山線を運行スタート!! (1978年7月7日)


中央バスは7日から円山線(岩内駅前〜年金センター)を運行開始する。岩内町の国民年金保養センターが6月末にオープンしたため、センターに向かう利用客の足として1日4往復する。料金は片道大人80円。運行時刻は次の通り。
【発車時刻】岩内駅前発 9:00 11:00 14:00 17:00、年金センター発 9:15 11:15 14:15 17:15(所要13分)

運賃アップによる変更 (1978年8月11日)


中央、ニセコ両バスなど道内民営バス23社は11日から一斉に値上げを行う。

冬ダイヤ改正による変更 (1978年12月1日)


1日から冬ダイヤに改正する。

中央バスの天狗山開発 (1978年12月1日)


中央バスは小樽市オタモイ海岸の土地買収問題などで今年9月、市から買収費の負担と合わせて天狗山観光開発への協力を求められていたが、同社はこれを引き受けることを決め、系列会社で観光事業を担当する中央バス観光商事が1日、当面の開発計画構想を市に提出した。
 これによると、同社は総事業費4億円を投じ、来年度から3年間に第2リフトと平行に長さ約750㍍のケーブルを1基設け、山ろくと山頂を結ぶ40人乗りゴンドラ2台を交互に走らせるほか、山頂部にはゴンドラ駅を付設した80席のレストラン、展望台、遊歩道、芝生、植生園地などを造り、山ろく部には新たに観光バス用の駐車場と150席のレストハウスを建設する構想。また雪を固める圧雪車や、斜面のデコボコを取るコブ取り機を購入してスキーコースの整備を行うほか、新たに初心者コースを設けて、これまで上・中級者向けといわれていた同スキー場に多くのスキーヤーを呼び込みたい考え。
 これに対し、市は「地元資本の中央バスが開発に乗り出してくれた意義は大きい、計画実現に向けて助けたい」と話しており、現在の市営リフト2基、駐車場などを同社へ有償で譲り渡し、来春には各種契約を正式に行う方針。

「特急かもめ」運行スタート!! (1978年12月15日)


中央バスは小樽〜千歳空港間を乗り換えナシで結ぶ「特急かもめ」を15日から運行開始する。小樽、後志方面から商用などで空港を利用する人向けに1日4往復する。途中、札樽バイパスや道央自動車道を経由するので所要時間も2時間5分と短い。料金は小樽から千歳空港まで片道大人770円、小人390円、途中下車もできる。

夏ダイヤ改正による変更 (1979年5月1日)


1日から夏ダイヤを実施する。

天狗山スキー場オープン (1979年12月22日)


中央バスが同社創業30周年記念事業として、去る8月下旬から進めていた小樽天狗山スキー場(小樽市最上2)の開発事業が完成した。19日現地のレストハウスで落成式が行われ、22日に待望のオープンを迎える。
 同社が総工費約6億円を投じ、これまでの第2リフトを廃止して、山ろく駅と山頂駅を40人乗りゴンドラ2両で結ぶロープウエー(延長735㍍)と両駅舎を新設したほか、山頂部には334㍍のファミリーリフトと初心者向けのファミリーゲレンデ(400㍍)、山ろく駅の北隣には250席のレストランなどが入ったレストハウス(鉄骨造り地下1階、地上2階建て、延べ1,000平方㍍)などの新施設もオープンする。ロープウエーは1時間に2往復し片道約5分。料金は片道大人250円、小人130円。リフトは大人130円、小人60円。
 同社はスキーヤーの足を確保するため、22日から新路線「9 天狗山線」(小樽駅前〜洗心橋〜天狗山ロープウェイ間 3.5㌔)を1日15往復運行する。料金は小樽駅前から片道大人80円、小人40円。所要時間は15〜20分。

完成したレストハウス(左)とロープウエー山ろく駅舎

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